【2026 桜始開】
さくらはじめてひらく
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アシタハココカラ
2026.3.27
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BGM:「アポリア」ヨルシカ 桜に関する七十二候のところにやってきて、昨日、この地域に住んでいるときによく行っていた桜並木のところに行こうとして、ソメイヨシノと話したことを書こう。 内容的には、おそらく前世で、大事なものと大事な人との間で引き裂かれて気が違ったあと(普通に生活していたが人間との交流/会話はほぼなし)のときのことじゃないかと思う。ソメイヨシノがもう、日本の代表的な桜に認定されてからのことだから。 私は、ソメイヨシノがクローン、つまり遺伝子的に同一の形式で殖えている桜、植物だと知っていた。 今世で、私はいつ頃からだろう、かつての実家の敷地の端っこあった桜の木、まさにソメイヨシノだったが、それが隣家からのクレームで切られてから数年経ったくらいだろうか、春になってソメイヨシノの開花時期になると、気分が落ち込むようになり、だんだんとそれが重くなって、開花日にはひどい鬱に陥るようになった。 その鬱の理由というのが、ソメイヨシノからのクローンであることについての悲しみで、それに同調させられているような感じがしていたものだった。当時は、植物と話すことなど全くなかったが(4歳前くらいまでは話していたかもしれない。再び話すようになったのは約50年後、3歳が1972年、話すようになったのが2022年だからちょうど本当に50年後だな笑)、もう彼らの咲いている木の下に行くと覿面だったから、そう思うしかないようにすらなっていた。 なので、間違って死なないように、桜の開花日には注意を払っていたが、7年ほど前、たまたま別の桜が大量に並木で開花しているのを見かけたら、ソメイヨシノのときも大丈夫だったので、なるべく手前で別の桜が開いているのを観るようになった。 でも、昨日、ソメイヨシノと話したときの内容は、単に私が彼女たちに同調して鬱になるべきものとはちょっと違っていた。 そもそも、前世で私が、自分が一人だけ異常に不幸になったようで、ソメイヨシノに、「あなたたちはクローンだから、全部の木で同じことを考えていて、同じことで悩んで、同じことで悲しんで、同じように死にたいって思っていて、羨ましい。こんなに一人ぼっちになることはきっとないね」と言ったら、「あなたは、同じ種で、一つ一つの遺伝子が異なる選択をしたことの価値を知らない。私たちは、死が決まったら全員が死ぬけれども、あなた方は違う。一人が倒れても、また別の人間が前に出て、進んでいく。もう一人、また一人倒れても、後ろから別の人間が前に出て、進んでいく。別の遺伝子でいるというのはそういうこと、一人ひとりに生きることに対する別の判断と別の価値があるということ、それは決して種としては不幸なことじゃないと思う」と応えたのだ。 「そっか」と私は言った。「私が不幸でも、他の人が不幸じゃなかったら、人間は生き延びるんだものね」 「だからといって、あなたの不幸を無価値だと思う必要はない。だって、それもまた生きることにおける、別の判断の結果であり、それはそのまま別の価値なのだから」「いつか一斉に死んでしまう運命のソメイヨシノと同じく、それを恐れ恐れて鬱を撒き散らす私たちと同じく、堂々と不幸でいるべし」「私たちの、クローンでいるという生き方もまた、生物として一つの判断であり、価値です」 「そっか」 それでその人生で私は、後半戦、堂々と不幸で、絶命するまで堂々と人と交わらずに、将棋盤だけを前にして生きた。クローンで不幸なソメイヨシノみたいに儚げにね。本来の私には、全然似合わない人生。 * 思いがけず、このホームページを始めたきっかけでもあるアイドルマネージャー妄想、【ヨルとイオ】の話の続きが、しかも後編のカイとの話ではなく、前編のヨルとの話の続きが出てきて、しかも私の幼いときの記憶も同調した内容で、全くもって面白い進行だなと思っている。天下のアイドルになりそこねたらしい幼馴染(すでになくなっている)との関連も含めて、移住した頃に起こった不思議なことごとの辻褄も、合いつつある。当該の出来事から、たくさんの、たくさんの時間が経ったあとに。 * 馬に関することを書かなくてはいけないのだが、今世ではあまり親しんでいない動物であるし、さらにあまり慣れ親しまないギャンブルの話が入ってくるので、一気に書き通す気力がなかなか湧いてこず。馬たちの話にとても感動したこともあって、それを台無しにしないように、人間にちゃんと伝わるように書きたいんだけれども。 * これから魂的にいちばん悲惨な生涯についての話を、画像化する。 |