【2026 菜虫化蝶】
なむしちょうとなる
2026.3.15
|
【みずあつめ】
japanese water collection
北陸から関西に移動していたりして、久しぶりになりました。
自販機/Asahi/600ml/兵庫・神戸(深井戸水)/アサヒ飲料/20260315
* 過去生の中で、割と最初の方に思い出していたお話を、画像化しました。 泣いたーこれは思い出したときも書いてるときも画像化しているときも、泣いたー。 それはさておきね、人口が想定よりも(もしくはその地域で可能な活動総量よりも)多くなったときにね、いろいろな方法による抑制が成されてきた歴史があるわけなのだけど、なんていうか、全部、楽園にいたアダムとイブの最初の話、つまり、蛇や果実など、自分たち以外の道徳的な促しによって、生殖やそれに準ずる行為が恥ずかしくなったので自分たちで反省して制御するっていうシナリオを経ている気がします。 人間も人種維持のため、しかも同質複製のクローンではなく、環境適応へのバリエーションを担保するために、異種の二体の遺伝子を混交転写する方式を採っているので、何らかの方法による、異種との生殖活動が必須になっているわけで、ここに道徳や支配的な制御を持ち込んでも仕方がない気がするんだけれども。 精神や自我は集中による収縮精錬する方向性にあって、本質的には他者とは相容れない(そのために異質な存在や思想に対して、強烈な恋=転移をしたりして、いったん自らを自らの影に避難させるという方法を選んだりする)。物質だって、固体ほど維持力が高くて、流動性のある物質しか交わりを推進していないけれども、物質が軽視されて精神性が上がれば上がるほど、精神はより集中を増して個別(孤独)になり、物質的な交わりも物質的だからという理由で嫌悪されていく。 あるいは反動で、精神が伴わない物質的な交わりが遺伝子の要請で暴力的に発症する、もう一方で、際限なく高くなった精神性と生殖に無理に伴わせようとしてロミオとジュリエットになる(ex.ツインレイ)など、困難を増していく。 これらは当然の帰結で、回避の余地がない。 だとしたら?
|