dear nobody
【2026 蛙始鳴】
かわずはじめてなく





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アシタハココカラ





2026.5.9

【思い出し代!!!】
~諸々理由が分かると安心する件その2~


BGM:「Pleasure Ground」capsule

えええええ!!!
って事実が判明した。
ゲキツラなこと思い出したのとごっつんこで相殺した??笑
















2026.5.8

【あー、掃除~、片付け~】
~諸々理由が分かると安心する件~


BGM:「Pacific Myth」nir

あー、これもやっと諸々の理由が理解できたし、シジミチョウのお話?にもできましたよー。
夜中から続いてて眠い疲れた。















2026.5.7

【冷え性と薬効による肥満の話】
~冷え性が体内を移動していた~


BGM:「約束はいらない」坂本真綾

「あなたの。」のtoknowbodyに書くべき内容のようにも思うが、七十二候も次に移っているのでページを立てるためと、「あなたの。」のサイトがリニューアル構築中なので、それだと五元素のどれ?ってなったので、最近はこういうときのセーフティネットになっているこっちのページにしてみよう。



すでに四半世紀前のことになってきたが笑、2000年に精神病の判定をもらって強い薬を飲むようになってから、脳の働きや五感等のすべての感覚がだいたいにおいて鈍感になったため、地上の感覚も鈍感になって、これは、身体のことをちゃんと知らないと永遠に現実に戻ってこられないのでは、と心配になって思いついたのが「toknowbody」というワードで、これは「to nobody」=nobodyに宛てて、という意味ではなく(音としてはおんなじ感じだけど?)、「身体を知る」ことが非常に切実だったという理由による。
「私」「自分」ってやつが着地できるのは身体だけ、という意識が結構はっきりあったからだ。

幼いときから割と分かりやすく冷え性で、手足が冷え切っていることが常だった。でも、お腹や太腿のあたりはちゃんと熱を持っていたので、本当に手足が寒くてたまらないときは、足の裏を腿につけたり、手を脇の下に挟んだりして、そうじゃないと寒くて眠れないからなのだが、そうやってちょっと自分で自分を温めていた。
この手足の冷え性が消えたのは、病気の薬で(発症認定から5年経って再発したのちの)1年も経たずに発症当時の体重が2倍に増えた頃で(48kg→96kg)、それこそ風船玉みたいな身体になった。一方で手足の冷え性はそれほどでもなくなり、自分の感覚では、身体の温度が体内で均一になった、みたいな感じだった。とにかく前代未聞に身体に肉がいっぱいあって、母親が言っていたように完璧にまな板だった胸がこの期間だけでいちどきにいわゆる女の人の胸になっただけでなく(身体の基本設計?潜在的な設計書?とはすごいものである)、激太りについた肉であっても、果たしてくれている役割があるような気がした。さすがに、体重が最も増えたときには歩行だけで膝が悪くなりそうになって、プールでひたすら歩いたりしていたが。
20年近く経って突如として病の感覚が抜けたあと、2年ほどで薬も通院も終わり(脱薬は多分、麻薬を抜くのと同じくらい大変だった笑)、リハビリ7年目なんだが、その頃から、改めて身体のことをちゃんと知って、家事だけは普通にこなして暮らせる生活になったらいいなと思って、少しずつ試している。その間に、何の影響なのか、病気のときとは全く違う感覚で体調が著しく上がったり下がったりしていて(肉体的にというよりも主に精神的に)、それでも大波が過ぎ去ったらなるべくスムーズに通常感覚に戻れるよう、生活状況を制御しながら暮らしている。
それで、身体のことを知るなかで、おのころしんぺいさんという方の講座に出会って、これが身体の各症状や部位を感情による作用となるべく適切に分けて回復していく方法を教えてくださっていて、数年つながっているわりには脳内にきちんと落とし込むことができずにいるが、先日、ちょうどこの「冷え性」についての講義を聴いていて、非常に自分の今の身体への理解が進んだのでメモしておく。
冷え性というのには、実は2種類あるというところから始まる。
冷え性には、先に書いたような手足の冷え性と(こちらの方が一般的な冷え性かな)、体内の中心部の冷え性というのがあるんだそうな。いつからか、あったかかったはずのお腹やお尻がたまに異様に冷たくなっているときがあって、これはなんだろなと思っていたから、これが体内のコアの冷え性というやつだったんだと理解した。
ここで、人間がそもそも保温動物であることの云々をついでに書いておこうと思う。かつて生物界最強と言われた恐竜が滅んだのは、氷河期に自らの体温を生存状態にしておけなかったことが原因だと言われている。恐竜を含むは虫類は変温動物なので、は虫類のワニや亀はよく川や池の石の上でひなたぼっこをして、自分の体温を維持している。一方で、この氷河期を生き残った哺乳類は、理由は別にあったかもしれないが雑食の道を選んだので、いわゆる消化活動に(特に植物の消化には)変温動物の内臓よりも負荷がかかる。消化によって発熱することで温度管理を可能になり、それゆえ保温動物となっている。哺乳類の元祖であるネズミ偉い。
それで人間も、哺乳類の延長として雑食の身である。現代の人間の暴飲暴食の理由の一つに、消化活動で内臓に負荷をかけて、体内のコアの冷えを解消しようとする動きがあるのではないかな、と、これは個人的な想像である。てか、どうしてもスナック菓子を大量に食べたい!ときの私が、身体が意外に冷えているときのような気がするから笑笑。
さてそれで、私は長くかなり強い薬を飲んでいたわけだが、私にがっつりついている肉が、もしかすると薬の強烈な効果を引き受けてくれていたんじゃないかという仮説が、ふと脳裏に浮かんだ。薬を飲みはじめた初期状態に感じていたような、全身満遍のない体温維持が薬によってもしなされていたとしても、五感や脳の感覚がこれだけ鈍感に持っていかれていると、今度は明快に判断を下せないことによる命の危険性が出てくる。そのために、薬の効果を大量についた肉で受け止め、内臓を薬効の埒外に置くことで、内臓の動きまで鈍感になることを避けたのではないかという想像だ。でも、薬効の埒外になると、薬の発熱による体温維持の埒外にもなるわけで、これがお腹やお尻だけめっちゃ冷えていた理由なんじゃないかしらと。
で、内臓を内側からあっためるのには食事をするしかないので、突如大量に食べる、という欲求が起きていたんじゃないかなって。身体も猛烈に考えて頑張っていたのかもなぁと思うのだ。
その冷え性は今でも続いていて、身体もまだだいぶ腹部を中心に肉が残っているので、薬が終わって数年経つが、まだ肉を維持している何らかの必要性があるんだろうなぁと。だって、全然痩せたいって思わないから笑。かえって、肉が落ちてくると不安なのだ。
何かに晒されてしまうような感覚もあって、これは元々の病気の方の動きかもしれないが、特にお腹に関しては肉がなくなるのは正直、猛烈に不安だったりする笑。この巨体、慣れないんだけど、だいぶ動けるようにもなったし、地上感覚も戻ってきている。現実に戻れているかといったら、先日も書いたが地にちゃんと足がついている感覚=グラウンディングを希求していたら、その感覚を今の身体よりも覚えていたらしい過去生にばんばん飛んでしまったりして、なかなか着地が安定的にできていない。
しかしそれもこれも、これだけ自分の身体に対して、図らずも主治医に出された薬によって、身体に暴力を振るってしまった反動で、なんか本格的な(一段安定したレベルの)回復に向けての必要性があるからなんだろうと、身体を責めるよりも暢気にかまえていた方がいいんじゃないかなとは思っている。

ところで、こういう話をライとしていたときに、ライが富山の人で、私が数年前に生活訓練の延長でたどりついたのがたまたま富山で、わりと最初の頃に街を適当に散歩中、ある建物内で富山における薬の歴史がパネル展示されていて、そこを抜けた大通りの正面あたりに、古い薬問屋さんみたいなところがあって、そこでヨモギの乾燥茶葉(沖縄のスーパーで生のヨモギが袋入りで売られてて、そこでじっと眺めてたら「そのままお湯注いでお茶にしたり、しばって湯船に入れると身体があったまるよ」って地元のおばあが言っててほんとそうだったので富山でも探してた)と丸薬をもらって(丸薬数粒をまとめてすくうお匙がすごかった、丸薬作りも体験した)さすが「富山の薬売り」とかつて言われたとこだね、あの丸薬って正露丸みたいだよね(私は下痢したら昔から正露丸のお世話になってた)、正露丸って日露戦争で勝ったときの名前だろうけど、当時遠征した先で、水が違うだけでも体調を崩すことがあるし、消化活動を助けるのと現場での体力維持に、きっとすごく役に立ったからなんだね?って言ったら、そこから古い戦時中の話が展開して、もしかして第二次世界大戦のときに富山が空襲に遭ったのも、日本のお薬箱攻撃かもね?近しい人の、心を含む体調の調整役としても機能していた日曜日のマリアの殲滅も、これともしかして連動した話なのかな?(護国神社の裏のあたりで静かに祀られている富山のナイチンゲールにあたる方のこともあるし、神社入口にあるニューギニアに派遣された兵士さんを祀った巨石のところで聞いた、日本で最も守りの堅いと評価された富山の部隊が、そもそもなぜ守りが堅くて、なぜあそこに派遣されて、最終的に破られたかまでのかなり切ないお話とか)ってなってきて、これはもはや私一人でまとめられないので、ライ(NetscapeのメールソフトThunderbird開発者なんですって!今はお医者さん。私は主にThunderbird=雷鳥は富山の県鳥と、ライが後に開発及びメンテナンスしていたブログシステムNewsーHandlerでも、偶然にもお世話になっておりました笑)に預けました。