dear nobody
【2025 霜始降】
しもはじめてふる





↓ click please to next page↓
アシタハココカラ





2025.10.28



【n*{am}】
hutari no am
機嫌の悪い義経/反抗期の静御前


n* なるほどね
n* そうそう、あなたが戦うっていったらね、きっと、今回みたいに潜在的なことも含めて社会的正義によるものだったんだと思うの、あの頃も
n* うんうん
n* 普通、途中からは保身のために戦う人もいると思うし、それがだから普通だと思うんだけれども、あなたは常にそういった、社会的な問題解決を背景にして戦わざるを得ないところで戦っていたんだと思うのね。戦うのなら、そういう目的があってって。それってすごい強いモチベーションとポテンシャルになるわけです、共に進んでいるお仲間の人たちにとってもね
n* うんうん。いや、誰もついてきてって言ってないんだけどね、一応ね
n* はいはい笑。兄上様は、そういうあなたの戦い方が恐ろしかったというか、だって、常に今の社会が何を問題としているかにアンテナを張っていて、自分よりも先にそれを知っていて、それに対する武勲を立てて助けた方々からの人気を得るってことになるじゃない?
n* あー、そっか、それは怖いよね、統治する側はそれをやっている暇がない場合だってある。だからさ、兄上のお役に立つためにそういうことをやろうと思ったんだけど、それがかえって警戒心を煽っちゃったんだね
n* うん、そういうことなんだと思う。だからさ、いいのよ、別にそれであなたはいいと思う
n* 目立たなければね、って言って、こんな状況になっているわけなのさ笑。何歳サバ読むんだっていうね
n* 仕事だからね、まぁね
n* だからあなたと話していたときに決めたように、さかのぼって本名で結婚したんだよ?
n* うんうん
n* あの14歳のときの名前だから
n* うんうん。あの頃が大事だったんだよね。私が思い出すたびに本当に震えている、自分の力をあの姿に入れたいって震えているのが分かるから
n* うん。あの直後から人生が本格的に狂っているから
n* それもさ、最初っから結構、負荷がかかっていたわけで、それが持ちこたえられなくなったのがあの年齢なんじゃないかなぁとも思うな
n* そっか、うん、あのときになぜ拒否できなかったのかって、いくらあなたを想ってしたと言ったって、でもあそこは拒否すべきだったんだと思う。どんなに精神的に生活が危機に陥っても
n* そっか
n* 沖縄の基地や実験マウスと同じでさ、生きることとか生活全般が、すぐそばの、圧倒的に力が強いやつが自分をコントロールできる状況だとしたら、そこには逆らえないよね。諸々考えて、自分の生き死にの有利不利を考えたらさ。あのときの自分は、かなり強硬にポジティブでいないと自分を保てない状態だったから、あの件も、肯定的に飲み込むくらいじゃないと、なんかもう、ダメだったんだよね。ある意味、自分のプライドに負けたと言ってもいい
n* いやいや、14歳だし
n* でもそうなの。だからね、もうそういうのしたくないんだ。しっかり踏みとどまりたい。だから、それ以外のことであればどんな条件でも飲んできたし。歳のことも顔のこともさ。顔、てっきりこっちの方が好きかと思ったのに
n* いやいや、あのね
n* ほんとに外見見ない人だからなぁ笑、属性を見ないっていうか
n* そこまで勘案するのが苦手なのよ
n* そこまでってね、普通の人はそこから入って中身を見るのね?
n* そっか
n* そうそう。私もまぁあなたの側なんだけれども、ヒトがそういうふうに見ないって分かっているので、属性に大半を振ってると、あなたにはがら空きな人に見られるっていうね笑
n* あ、いやいや笑、そこまでは思ってないけれども、そこに左右されないっていうのはしょうがないね
n* それ長所なんだってば
n* あら。気が利かない人になってるのかと思ってた
n* なんで?
n* え?だって、属性に大半振ってる人に対してそのことを考慮しないから
n* いいんだよ、そっちの方が面白いよ?っていうか、そういう気の遣い方するから自分が自分じゃなくなっちゃうんだよ。もういいの、ヒトのことおもんぱかってあげなくても!
n* あい
n* この「ぱか」っていうのが好きで
n* 私も私も!!
n* 気が合いますね
n* 笑笑
n* じゃあ、行ってきます
n* 行ってらー




2025.10.26



【永いしごと】
thoughts of piece



一体、これは女性性が引き起こす、何某かの精神構造、もしくは妄想と呼ばれるような非現実的な想像の典型例なのだろうか。

これは私自身が特別ということではなくて、ということを言っているのだが、数年前から過去生というものを思い出していて、これを「思い出す」という言葉で表現するのが妥当なのか、いわゆるアカシックレコードのような集合的無意識がクラウディングされている(雲のように浮かんでいるというようなイメージ)場所から、必要に応じて引き出しているというのがちかしいのか分からないが、非常に強烈な典型例として、源義経との関係性が著名な踊り手「静御前」と、ユダヤ教/キリスト教の祖とも言えるヨゼフとの夫婦関係が近年とり上げられるようになった彼の最初の妻である「マグダラのマリア」の記憶とやらが、ほぼ同時にやってきている。
各々が、女性の立場からすると、これも男性性のパートナーに対する2つの典型的ポジションと言っていい。
一方が「正妻(しかも程なく教義にとっての正式な妻の登場によりパートナーから除外されている)」、片方が「側室(といっても公的には認可されていない)」として。

ところで、最近、静御前が義経とともに、義経の兄の頼朝への書簡の返事を待っていた場所として知られる鎌倉の腰越というところに3年ぶりに滞在して、あの時代に自然界(主に海)からたまわった仕事、つまり1500年くらいかかったらしい仕事が、ようやく終わったことを知った。
当時、人間の地球への影響があまりよくない意味ではなはだしいと判断した海が、地球中の沿岸で、同様のことを人間に頼んでいたらしい。自然界から人間への伝言を、人間側にも自然側にも立たずに、人間に伝えてほしいとのことで、他の生き物たちにさえ頼んでいたらしい(伝言を伝えるのが人間であることが必然ではないとの判断で)。
しかしこれは、非常に難しい翻訳であって、しかも自然たちには、いわゆる人間でいう「種における特別な存在」はいないので、特別な職業や立場ではそもそも伝言自体を、自然たちが言うようなスタンスでは受け取れない。これは、人間としてできるだけニュートラルでベーシックなポジションが望ましく、特別な人間よりも特別でない人の方が、圧倒的に数が多いというのがその理由だ。受け取る資質や翻訳技術よりも、受け取るスタンスとそこから見えている状況の方が大事、ということでもある。
私は、この前世の前世くらいで(奈良時代週末~平安時代入口くらい)、巫女の職を、おろす言葉が「人間向きでない」「簡単な表現すぎる」というような理由で、強烈な形で排除されており(これも過去生の記憶として)、言葉自体や他者の言葉を「翻訳」にすることに絶望を感じていたのではないかと思うので、だからこそこの仕事を引き受けようと思ったのかもしれない。
しかし、この自然界からの提示が難しいことに変わりはなく、なにものにもならない状態で女性の人生を積み重ねて、結局1500年もかかっているという、「気が長すぎ」問題を自分に感じるわけなのだが、まぁ無事に終わったことは僥倖だったと言えるだろう。
前世あたりで、もうこの仕事を終えられない、完遂できないと絶望を感じていたようなので、なおさら。

そして、この仕事を引き受けたときを思い出すためなのか、完遂できる可能性を感じたからなのか、このときの義経さまを探しているようなのだ。

『千年女優』という作品がある。崇敬を感じると同時に、恐ろしく正確な描写に慄いた作品でもある。
今世、30歳のときに、近親者の壮絶な死を含む複数の理由から病理に冒されはじめた時期、同時に発動していたのが冒頭の妄想、「自分には追いかけるべき、結ばれるべき誰かがいる」という強烈な恋愛妄想、自分にとって特定の男性(もしくは男性性)を一神教の神のように崇め求める精神状態だった。
これを狂っていると呼ぶべきか、自分にとっての最愛の人を唯一の聖なる存在とする宗教的自愛と呼ぶべきか難しいのだが、自分の生命危機が同時に起こっていたという点で、あまり追い詰めない方がよいだろうという判断はあった。けれど、この系列と呼べる精神状態で失敗しているマグダラのマリアの潜在的な記憶に刺激されたのか、私は後者の可能性を排除し、自分を狂人として社会から隔離した。
『千年女優』では、主人公の女優は、追いかけつづける存在に対して「こんなに好きなのに彼の顔も覚えていない」。私の場合は「背中しか分からない」。まぁ、ほぼおんなじことかと思う。
宇宙では永遠には決して続くことのない数直線のように、まっすぐに延びた先には結局何もないような、どこにも届かないような、希求と絶望が同時に発動していて、どちらにも傾けずに延々と続く、この切望が永遠に続くという点では天国のような、永遠に成就しないという点では地獄のような妄想だ。永遠に成就させないからこそ永遠に続く恋と言ったらいいのか。
ヨゼフの正式な妻となった白いマリア(マグダラのマリアに比してこう呼んでいる)は、ヨゼフ及び彼の教義としての「夫婦宗教」(主にマグダラのマリアとの事例による)に対して、まさにこの状態に陥り、それがヨゼフの呼応を引き起こし、二人はロミオとジュリエットのようになってしまった。
白いマリアの、彼の教義を広めようとする献身と、教義に含まれるヨゼフの相手が自分ではないという苦悩、それらから発した影響力に対する彼の野望が呼応する状態を、最初の妻であるマグダラのマリアとして黙視することになった私は、このいわゆる不倫状態が多く含むことのある、聖性を担保にした宗教的狂気に、唖然とするほかないというのか、聖なる関係というよりは、まるで自己複製としての情報生産を目指しているかのような展開、それによって自分たちの関係性を正統的な常識として頒布しようとするちからに、貪欲さと恐怖すら感じた。
今世、私が死ぬ気で「その背中」をあきらめたのは、おそらくこうしたトラウマ的な理由による。

大事な、義経さまの背中だったかもしれないのにね。

そんなわけで、1500年の仕事が終わろうとする昨今、その背中がまた、浮上している。
こんな自分を「危ない」と思うべきなのか、求めるべき適切な人物を探している状態だと思うべきなのか、この永かった仕事を終えたことに対するご褒美だから受け取っとけと考えるべきか、甚だ判断が難しい。

この背中のひとなのだが、この30歳のときは背中だけで、本当に生きている人かどうかすら私の意識の中では危うかったのが、どうやら9歳と14歳(それ以降もぽつぽつと)のときに、ほんの一瞬ずつだが顔を見るシチュエーションがあったことに、今頃気がつくという不思議な現象が起きている。
いや、これもすべて同一人物なのか、そう思っていいのか、妄想とすれすれの側面があるのだが。
ちなみに、ヨゼフと義経さまは魂的に別の人物だったらしいことが、昨日、判明した。
だから追いかけてもいいのだと、ようやく思えるようになった。

まだ書いていない、いちばんはっきり正面から顔を見た14歳のときのことを書いておこう。

その日の私は東京武道館にいた。
同級生の男子の剣道の試合を応援に来ていた。同級生の女子に誘われて。
周囲から微妙に迫るカップリングの強制力を、これまた微妙な意思表示で排除すべく、試合場からあり得ない近さで用意された桟敷席のようなところに座って、試合の緊張や集中力が伝わる位置で、自分がどうやってこの「剣道」なる競技を応援できるのかに悩んでいた。
一応、応援の立場なので、とにかくこの試合、剣道というものの動きに無関係な影響を与えたくない。それは周囲からの影響を排除する理由とは別に、試合というのは、競技を行なう出場者のものだからだ。
しかも剣道は、ちょっとした間合いや瞬発力が優位性を決めるらしいと目の前で見て分かったので、嫌でも目に入りそうなこの観客席で身体を動かすなどの所作からの影響も、いっさい与えたくない。
しかし、その私の理想を実現するには、目の前の動きにみだりに反応しない類の、かなりの集中力がいりそうだった。
当時は現時点より、より一層、真面目な性格だったので、真面目に悩んで、ちょっとした隙にトイレに立った。
この往復の間に、どうやってここに再び座るかを考えるために。
この日の私は、出がけに母親からのチェックがいつもよりも厳しかったため、髪型も服装も可愛らしく仕立ててあった。髪型は、ちょうどそう、紀子さまがご結婚当時してたようなやつ、普段は左右の髪が落ちてくるのを防ぐために細い三つ編みにして後ろで止めていたのをせずに、上の方だけバレッタで止めて脇の髪はおろしていた。母親が出がけに渡してくれた、普段は持たないようなレースのハンカチを握りしめて歩いていた。
アナウンスで次の何かが始まるということで、トイレからは出たが、まだ結論が出せていなかった。
どういう自分で、あそこに再び座るか。
トイレからの廊下を戻ってくるとき、向こうから歩いてくる姿があった。
私は廊下の右側を歩いていて、向こうは、だから私から見て左側を歩いてきた。
他に人がいなかったのもあって一瞬、その人の顔を見たら、なんというか、丸い目で(この人、どうなってるんだろう?)というような表情でこちらを見ていたので、私も改めて見返してみたら、その人は剣道着を着ていて、いわゆる「めっちゃ剣道みたいな人」だった。姿勢も、歩き方も。
このときは14歳なので中学生だったわけだが、小学校5年生のときに、剣道の師範で近くの道場で子どもたちも含めて教えている年配の先生が担任だったことがあって、その先生のことも思い出した。
そうそう、剣道って、こんな感じ!
脇を通り過ぎていく剣道着の同じ年くらいの男子を横目に、
(そうそう!ここは東京武道館で、本日は剣道の場所なわけだから、こんな感じで座っていればいいんじゃ?)
と思いつき、この気持ちのよい集中力を密かにコピペして、桟敷席に持って帰って、あとは覚えていない笑。
多分、ただその集中力で座っていて、試合や、それ以外の何かにすら、全く関与していなかったからだと思われる。
この日以来、剣道の応援には行っていない。最初で最後。
なんなら武道系の応援には行っていない。どれも同じ気がしたから。テレビでもリアルタイムだと緊張するので、基本見ない。この日で懲りたのかもしれない笑。他のスポーツなら大丈夫なんだけど(病気がひどかった間はそれも無理だった)。
そんなことで、その日の廊下のことを40年近くも経った今頃思い出して、これが30歳の背中のひとの印象とシンクロしたときの驚きと言ったら。
背中のひととの一致は、印象だけなので、もしかしたら間違いかもしれないけれどね。
意外な人、一期一会みたいな人に、意外な場面で助けてもらうということはあるんだなと。
このとき、本当に困っていたから。いろいろな意味で。あの集中力で座っていられたからこそ、周囲からのプレッシャーに流されなくてすんだ諸々があったから。
この直後、身体の性的な側面で、私も彼もとてもつらいことがあるんだけれども、その嵐の前の静けさの、一瞬の安寧、幸福とでも言ったらいいのか。