dear nobody
【2025 霎時施】
こさめときどきふる





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アシタハココカラ






2025.10.31



【n*{am}】
hutari no am
omoikane/wakahime


n* え?静御前じゃなかった?
n* うーん、の、身代わり?笑
n* 私は?
n* 私も笑。義経の身代わり笑。
n* なんかさ、そう思うことがあってね?笑。なんか、義経本人じゃないっていうか。でも義経だったっていうか
n* きっとそれが正しい。もはや、マネージャー妄想ならぬ、SF作家妄想ならぬ、歴史ファンタジー妄想の世界に突っ込んでいるんよ
n* 笑笑。で、どういうことになったの?
n* あのさ、静御前のことを自分事として考えようとしたときにね、これは多分、海から受け取ったメッセージのことを思い出すために。でも、そのときに、なぜか静御前を助けた場面が浮かんで。「あなたみたいに美しい人は、山の中なんか歩いてちゃダメなのよ?」って笑。あれ?私が静御前じゃないの??って笑
n* なるほど。で、助けたのは誰なの?
n* 常盤御前。義経のお母さんだとされている人ね
n* げ
n* でね、まぁファンタジーだから言うけどさ
n* うんうん
n* 常盤御前は源義朝さまの側室で、どっか貴族系のお屋敷の侍女的な人だったらしい。出自も分かってない。多分身分が低かったんでしょうね。それで、もしかするとお手付きかなんかで子どもができて側室に迎えられるんだけど、すでに義朝さまには正室やその後の正室の方のお子さまがたくさんいて。私が産んだのは女の子だったんだけれど
n* うん
n* 一応順当に育っていたんだけど。男の子じゃないから政治にもあまり関係ないし。でもいわゆる女性に近い年齢になったときに集団暴行に遭って、ぼろぼろで屋敷に帰ってきて。まだ義朝さまが政治的に周辺諸侯に注目されるようなタイミングじゃなかったから、おそらく上の奥方たちの計略だろうなって。おそらく私が目立たないための。娘は毎日「死にたい」って言っていて、ずっとなだめていたんだけれど、ふとした隙に自害してしまって。それで、猛烈に怒りがわいて、まだ若干おわたりがあったのをもう二度と子どもは産まないのでと言って拒絶して屋敷を出ようとしたんだけれども、ちょうど別の、側室にもなっていないで義朝さまの子どもを産んじゃったばかりの侍女たちが同時に怪死して、その子どもを預かってほしいと義朝さまに言われるの。「は?」って聞き返した。もう、猛烈に怒ってるからね。でもふと、これはまた同じ系統の仕業じゃないかと思って。二人とも男の子だったから。それで預かることにした
n* なんかすごい話になってる笑
n* で、そうやって育ててたら、もう一人そんなふうにして、母親が、この人は屋敷のひとじゃなかったと思う、子どもを産んで死んでしまったのでって、その子も預かることになって
n* 義朝はどんだけ笑
n* 本人の意思かは知らないけれども、とにかく当時はそうやって血繋がりになることでなんだかかんだかを収めている時期だったように思う、とりあえず男女の関係をもっとくとかね
n* 身体しか契約ができなかった時代なのかなぁ
n* まぁいちばんの信用保証が、お金じゃなくて、血とか身体とかだったのかもね
n* もはやいいところの男性にとっては脅迫的な話だ
n* 女性にとってもですよ。それで、子どもが生まれたら生まれたで大変なわけですよ
n* そうだよね
n* で、その三人の子はせめても三人同士で争わないように、バリエーションの名前をつけたの
n* あー、義経が牛若ってやつね?今若と乙若だっけ
n* そうそう。上の二人は早々に僧侶の修行に出されて。政治に関わらないようにね
n* なるほど
n* 今若はある程度、年齢的に事情が分かる歳だったから、納得いかなかったらしくて暴れてて。乙若は、確か後に高野山とつながりになる僧侶に預けられたのよね。いちばん真面目に修行をしてて。真ん中の子どもって、兄弟の間を保とうとするじゃない?だから彼もそんなふうで、私の心配を和らげてくれてた
n* へえ。それでか、常盤御前のこと調べてて、真ん中の義円の名前を見た途端に泣いちゃったんだよね
n* あれね。恐ろしいよね、その、よく知らないはずなのに、泣くって
n* 魂だか何だかの記憶だからしょうがないよ。そっか、それで自分が常盤御前だって思ったんだね。いろいろ思い出しすぎだもんね、伝聞にしては。それに静御前を助けているというのも
n* そうそう、奈良にいるときだったんじゃないかな、うちの屋敷のおつきの者が山に何か仕事をしにいって連れて帰ってきた。でも、彼女は金品は取られたらしいんだけれども、あまりに美しかったせいなのか、身体には手を出されなかったみたいで。それが納得できるくらい美しかったの。全くその綺麗さが嫌味じゃないっていうのか。多分、義経がその私のところに遊びに来たときに彼女を見初めて、恋人同士になったんだと思う
n* ふんふん
n* それでね、義経と静御前のセットはとても有名になるんだけれども、ちょっといろいろ危うくなったときに、これね、本当かなとも思うけど、まぁしょうがない、二人はおそらく多くの人にとって死んじゃいけないくらいの存在になったので、人質に近い状態になりそうになったとき、私と義円が二人の身代わりになって
n* えええ?!
n* 笑笑
n* で、そっからは義経と静御前として生きたと
n* で、アイヌならぬ北海道に流されると
n* そうそう。モンゴルとか具体的な国よりも多分、国外へ、というような設定で。多分、北陸の富山から北前船でね
n* そんな昔から北陸からは北海道へのルートがあったんだね
n* うんうん。北海道にいたときか船で移動しているときに、国外だから西だろうと思ったら、鳥たちが「西じゃないよ、北だよ!!」って言ってきてね。それで、なんか北の方らしいって分かった
n* 海ってじゃあ、富山の海かもしれないんだね
n* あー、腰越じゃなくて?
n* うん
n* 最初に聞いたのは腰越で多分間違いないけど、そのときに静御前だったかどうか分からないね。鎌倉で北条政子さまと遠くから話したときも、常盤御前だったのかもしれない。「正室にはどうしてもできないことがある」というようなお話だったから。なので、義経と共に静御前として海からメッセージを聞いたのは富山かもしれない。船の準備を待つ間ね、しばらくいただろうから
n* 日本海というか、あっちの方が国外のことが入ってきやすそうだなと思ってさ。腰越は向こうが太平洋だから。でも、富山は向こうが朝鮮半島とかじゃない?あなたもそっちの方の話を富山の海で聞いていたものね
n* うんそっか、そうだね。富山の海に立ったときに、向こうが別の国だって感じたのが不思議でね。今世は少なくともほとんど太平洋しか知らなかったからかな
n* じゃ、義円とは最初は親子だったんだけど、途中から夫婦になってたわけね、同世代の男女という意味で
n* うんうん。だから一緒に船に乗せられてきた義経の奥方が「自分たちは騙されたんだ。義経さまは偽物だった」とか言ってたんじゃないかな。それなら意味が分かる。こちらは何も言えなかったけれども
n* 親子と言っても年が離れているだけで、血繋がりじゃないもんね
n* そうそう。どんだけ歳のサバ読むんだっていうところでもあるけれども。特に私は笑
n* きっと年齢不詳の顔してたんだよ、今回も割とそうだし
n* 笑笑
n* で、その義円が私なのね笑
n* 多分笑
n* それなら身代わりの意味も分かるな。兄弟の代わりなんだもんね
n* 一応、義兄弟というかね
n* うんうん。てかさ、その奥方は、結婚した方が偽物で、こっちを本物だと思っちゃったのかな?そう聴こえない?
n* そうねぇ、それはもう、ご本人の感覚だから。あなたが死んだときも、「国にとって大事な人をあなたは殺したんだ」とか怒って、自分は自害しちゃったからね。あれはほんと唖然とする以外になかった。あなたが本物の義経よりもいい人だったんじゃないの?笑
n* 笑笑。兄弟の間を取り持つような性格だし?笑
n* そうそう。で、奥方は、本来は妾である私とあなたが愛し合うのは許せなかったというね。えーとね、歴史ファンタジー妄想だからね?
n* はいはい。それで?なんかもう一つセットがあったよね
n* ワカヒメとオモイカネという、昔の人がいてだね
n* 古事記に出てくるよね?オモイカネ
n* うんうん。なんか、感覚ではその名前は瀬織津姫と同じように役職だったんじゃないかと思うんだけれども、かなり賢い人で、政治を助けるための助言をしてた。
n* オモイカネは古事記にいたと思うけど、ワカヒメは?
n* ちょっとこの話はアマテラスの男女の反転とも関係しているんで、簡単に言うけれども、ホツマツタエに載っているお姫さまね。イザナギとイザナミの最初の子どもで、一般には「ヒルコ」と呼ばれて流されて死んだ子どもとして扱われているけれども、実際には、次に生まれる男の子を姉としてサポートするために、疑似的に捨てられて、いわゆる巫女というか、言葉の修行に出されたみたいね
n* それでホツマツタエは偽書扱いになっているのかもね。50音の基本もそこら辺から来ていると思うのに
n* そうね、アマテラスの扱いについてのことが、政治上で何かしら重要だったんでしょう
n* で、ワカヒメは言葉の使い手になるの?
n* そうそう。いちばん有名なのが、田んぼにやってきたイナゴの大軍を言葉で祓ったという話ね
n* 今でも、アメリカとかではたまに来るよね。そうそう、その話が面白かったんで書いてって言ったの
n* だいぶ遅くなってごめん笑。ワカヒメのことって、ヲシテ文字のことを調べてて出会ったとある本から知ったんだけれども、やけにシンパシーを感じるなぁと思ってて
n* また笑
n* そうそう。「あわの歌」のこともね。あれって、行頭をつなげると「あいふへもをすし」になってるんだよね。「とほかみえひため」と対になっているやつ。「とほかみえひため」の方が圧倒的に重要に扱われてきて、逆呪文を封じ込めるために、ここに隠してあったんだろうなって
n* あなたはそっちのアクセサリーをしてたよね、先に
n* 攻撃及び何かを押したり速めるための呪文が「とほかみえひため」で、反対まわりの「あいふへもをすし」は守備や引くもの遅くするもの、転じて身体をなおす系の呪文なのでね。戦中だったかな戦後だったかな、女性たちが家族たちの健康の祈りのためにこれを使ってて、逆呪文ということで禁止されたので、おそらく「あわの歌」の方で薄めて使ってた。なので「あいふへもをすし」自体よりもそっちの方が有名なんじゃいかな。それすらも禁じられたみたいだけど
n* 「とほかみえひため」に逆のエネルギーを加えるから?
n* 多分ね。そんなふうには働かないんだけどね笑。もともと噛み合うようになってるものじゃないっていうか。別の作用だから
n* 二極を捉えるときの悪い面だね、物理と化学みたいに
n* そうそう。で、そのイナゴの大軍なんですけど
n* はい。そうそう、その話
n* 水田というか、稲作ってやつが大量に日本の土地に発生したわけだけど
n* うんうん。それで安定的に作物を得られるようになったんだよね
n* そうそう。でも、自然界ってさ、そんなに一つの作物をがっつり平面で生やしていないわけですよ
n* あーそうね。混在して生えているとかね
n* そうそう。でも水田ってほとんど単一作物じゃない?
n* うん
n* でもさ、自然界がそうなってないとか、そんなのよく分からないから、ああやって効率いいからおんなじものいっぱい作るじゃない
n* うん
n* で、イナゴの大軍がやってきたときに、聞いたのね
n* え?
n* だって一年目?は、確か全部食べられて終わったから。なので聞いたの。なんでこうやって大軍で来るのかって
n* イナゴに?
n* うん
n* そしたら?
n* そしたら、「あなたたちのやってることは、こんなふうに一種類のものが大量にある状態なんだよ?」「自然界ではそうなってないから、そういう状態になってるってことを知らせるために、一種類のものが大量にやってきたんだよ?」って
n* げ。人間の表現を虫として同様の表現で返したってこと?
n* まぁそういうこと。だから、人間は安定して生きるためにこういうのやってみてるのって言って。いわゆるこれも実は、大量コピペとか複製の問題なんだよね。人間はそういう道に走り出しちゃったんだなぁって。今さら稲作がなくなるとも思えない頃だったし。それで鳥たちにも手伝ってもらって
n* 鳥ってことは、食べてもらったってこと?
n* 彼らの中で、来たあとに別のところに行ってくれたものとか、その場でなくなったものはそれでよかったんだけど、まだいて、鳥が必要ならそうするよ?って言ってくれたから。虫よりも鳥との方が仲良かったの。人間は基本、そうだろうと思うけど
n* そっか、それって最近の例で言うと、東南アジアでオーガニック系の過激なひとたちが、多くの製品に含みこませるために大量に作らせてたらしいパームヤシのことと通じるものがあるよね。あれも単一毛で、土地を傷めるってリジェネラティブの人たちに怒られたらしいじゃない。オーガニックが目指すのと反対行っちゃった
n* うんうん。極端に何かやろうとすると結局そうなっちゃうのかなぁ。単一の作物だと、決まった要素だけを土から栄養として採るからなんだろうね?そうやって土の成分が偏っていっちゃう
n* なるほどね。今頃また、事情がリターンしてきてる笑
n* ね。それだから、自然に対してアプローチが可能だったワカヒメの話も出てくるんだと思うけれども
n* オモイカネも自然現象を扱えたって、さっきどっかあなたが見ていた文章に書いてあった
n* そうそう、だからワカヒメが見初めたんだと思うけどもね、オモイカネのこと
n* うんうん。それも私なのね?笑
n* そうそう笑。でもね、このとき、けっこう身分的に何か違いがあったのか、強引にワカヒメがプロポーズのための和歌を送って結婚が許可されて、しかも子どもができたあと、オモイカネは仕事で遠くに行っちゃって、その後はほとんど会えなかったの。だから、強引に結婚したから嫌われたのかなぁって。誰かいい人ができたのかもって
n* 違うくないの?どうせ引き離されたんだよ。自然に対して、天候方面と言葉方面でアプローチできる人が一緒にいたら、なんか、こいつら揃って何するんだって思う人がいたんだよ。なんか彼、結局、阿智、恵那山の近くに派遣されたらしいじゃない
n* そうそう。これね、恵那って「胞衣」、古語でへその緒とか子宮のことでもあるので、幼くして亡くなったアマテラスのことと関係あるのかもなって思ったんだけどね。オモイカネは、そういう、人が納得するようなストーリーを組み立てるのが得意だったから
n* 確か、アマテラスが天の岩戸から出てくるように策略を練ったのも彼なんだよね?ってことは、そこらへんも込みで神話化したってことなのかなぁ
n* そうかも、そうかー、そうかも。ってか、そうせざるを得なかったんだと思う。アマテラスが早くに死んだことを外部に告げられる状況じゃなかったっていうか。だからオモイカネに相談したのかもね、アマテラスの3人官女の一人だったワカヒメが
n* 3人って、ワカヒメと?
n* セオリツとトヨウケ。ワカヒメが言葉、セオリツが水及び自然、トヨウケが食とかの暮らし担当で、アマテラスの環境を守護してた
n* 守護かー。そういえば、江島神社の奥の方にある3つの宮の家紋って、確かミツウロコだったなー。
n* ウロコも鱗で、守りを意味しているように感じるね。3人官女的なのはけっこうあるのかな。厳島の方とかも
n* そっか、だから、セオリツは伊勢神宮で、アマテラスに対する荒魂扱いになってるし、トヨウケはアマテラスが内宮なのに対して外宮だし
n* そうそう。ワカヒメが出てこられなかったのは、言葉における権威が、その流派というか、潮流も含めて歴史的に最も動いたからだろうし、アマテラスのお姉さんとなると、アマテラスが女性で君臨してよかったんなら、なんでワカヒメがならなかったのかとか、いろいろ説明が面倒だから消されたんだと思う
n* あーそうね、そうなるよね、女性君主の辻褄が合わない
n* そうそう。なので、そこら辺の、天の岩戸伝説を含む、納得するシナリオを組み立ててくれたのがオモイカネだったんじゃないかな
n* アマテラスが本当に実際に幼くして亡くなっててなかなか存在として表に出てこられなかったんだとすれば、それをカバーする理由みたいなものも説明できているものね。岩戸から出てきたのってワカヒメなのかな?セオリツ?トヨウケじゃなさそうだけど
n* どうだろうねー。ワカヒメの場合は、よほど口裏合わせないと成立しないように思う笑。だから荒魂としてアマテラスに対置する、二極的な存在になったセオリツじゃないかな。だから、当人の名前は、これも私は役職だと思っているけど、大祓の詞くらいにしか出てこれない笑
n* この中に出てくる水の神である祓戸四神も、セオリツ以外は3人の女神がセットで守っているように書かれているよね。ついでに、亡くなることが「おかくれになる」の言葉の語源だったりして笑
n* ははは笑。ホツマツタエには、当時の和語の語源や解説なんかも相当載っているようだから、そういう暮らしまわりの言葉が日本語として定着する時代だったのかもね
n* そっか。存在で言うなら、セオリツも長らく消されていたみたいだしね
n* そうそう。そこら辺も含めてオモイカネのシナリオだったらすごい笑
n* そのすごさをもって、今世は、ドラマのシナリオのゴーストをやっていると笑。もしかして、得意なことって意外と変わらないのかな?
n* 意外にってどんくらい変わらないのよ笑
n* いやなんかちょっと笑。あんまり大変じゃなかったから
n* 書くのが?
n* うん笑
n* こっちの、大昔のシナリオを担当したってことにたどりつくための記憶のジャブみたいなものだったりして笑
n* 笑笑
n* 歴史ファンタジー妄想です
n* 分かってるって笑




2025.10.26



【永いしごと】
thoughts of piece



一体、これは女性性が引き起こす、何某かの精神構造、もしくは妄想と呼ばれるような非現実的な想像の典型例なのだろうか。

これは私自身が特別ということではなくて、ということを言っているのだが、数年前から過去生というものを思い出していて、これを「思い出す」という言葉で表現するのが妥当なのか、いわゆるアカシックレコードのような集合的無意識がクラウディングされている(雲のように浮かんでいるというようなイメージ)場所から、必要に応じて引き出しているというのがちかしいのか分からないが、非常に強烈な典型例として、源義経との関係性が著名な踊り手「静御前」と、ユダヤ教/キリスト教の祖とも言えるヨゼフとの夫婦関係が近年とり上げられるようになった彼の最初の妻である「マグダラのマリア」の記憶とやらが、ほぼ同時にやってきている。
各々が、女性の立場からすると、これも男性性のパートナーに対する2つの典型的ポジションと言っていい。
一方が「正妻(しかも程なく教義にとっての正式な妻の登場によりパートナーから除外されている)」、片方が「側室(といっても公的には認可されていない)」として。

ところで、最近、静御前が義経とともに、義経の兄の頼朝への書簡の返事を待っていた場所として知られる鎌倉の腰越というところに3年ぶりに滞在して、あの時代に自然界(主に海)からたまわった仕事、つまり1500年くらいかかったらしい仕事が、ようやく終わったことを知った。
当時、人間の地球への影響があまりよくない意味ではなはだしいと判断した海が、地球中の沿岸で、同様のことを人間に頼んでいたらしい。自然界から人間への伝言を、人間側にも自然側にも立たずに、人間に伝えてほしいとのことで、他の生き物たちにさえ頼んでいたらしい(伝言を伝えるのが人間であることが必然ではないとの判断で)。
しかしこれは、非常に難しい翻訳であって、しかも自然たちには、いわゆる人間でいう「種における特別な存在」はいないので、特別な職業や立場ではそもそも伝言自体を、自然たちが言うようなスタンスでは受け取れない。これは、人間としてできるだけニュートラルでベーシックなポジションが望ましく、特別な人間よりも特別でない人の方が、圧倒的に数が多いというのがその理由だ。受け取る資質や翻訳技術よりも、受け取るスタンスとそこから見えている状況の方が大事、ということでもある。
私は、この前世の前世くらいで(奈良時代週末~平安時代入口くらい)、巫女の職を、おろす言葉が「人間向きでない」「簡単な表現すぎる」というような理由で、強烈な形で排除されており(これも過去生の記憶として)、言葉自体や他者の言葉を「翻訳」にすることに絶望を感じていたのではないかと思うので、だからこそこの仕事を引き受けようと思ったのかもしれない。
しかし、この自然界からの提示が難しいことに変わりはなく、なにものにもならない状態で女性の人生を積み重ねて、結局1500年もかかっているという、「気が長すぎ」問題を自分に感じるわけなのだが、まぁ無事に終わったことは僥倖だったと言えるだろう。
前世あたりで、もうこの仕事を終えられない、完遂できないと絶望を感じていたようなので、なおさら。

そして、この仕事を引き受けたときを思い出すためなのか、完遂できる可能性を感じたからなのか、このときの義経さまを探しているようなのだ。

『千年女優』という作品がある。崇敬を感じると同時に、恐ろしく正確な描写に慄いた作品でもある。
今世、30歳のときに、近親者の壮絶な死を含む複数の理由から病理に冒されはじめた時期、同時に発動していたのが冒頭の妄想、「自分には追いかけるべき、結ばれるべき誰かがいる」という強烈な恋愛妄想、自分にとって特定の男性(もしくは男性性)を一神教の神のように崇め求める精神状態だった。
これを狂っていると呼ぶべきか、自分にとっての最愛の人を唯一の聖なる存在とする宗教的自愛と呼ぶべきか難しいのだが、自分の生命危機が同時に起こっていたという点で、あまり追い詰めない方がよいだろうという判断はあった。けれど、この系列と呼べる精神状態で失敗しているマグダラのマリアの潜在的な記憶に刺激されたのか、私は後者の可能性を排除し、自分を狂人として社会から隔離した。
『千年女優』では、主人公の女優は、追いかけつづける存在に対して「こんなに好きなのに彼の顔も覚えていない」。私の場合は「背中しか分からない」。まぁ、ほぼおんなじことかと思う。
宇宙では永遠には決して続くことのない数直線のように、まっすぐに延びた先には結局何もないような、どこにも届かないような、希求と絶望が同時に発動していて、どちらにも傾けずに延々と続く、この切望が永遠に続くという点では天国のような、永遠に成就しないという点では地獄のような妄想だ。永遠に成就させないからこそ永遠に続く恋と言ったらいいのか。
ヨゼフの正式な妻となった白いマリア(マグダラのマリアに比してこう呼んでいる)は、ヨゼフ及び彼の教義としての「夫婦宗教」(主にマグダラのマリアとの事例による)に対して、まさにこの状態に陥り、それがヨゼフの呼応を引き起こし、二人はロミオとジュリエットのようになってしまった。
白いマリアの、彼の教義を広めようとする献身と、教義に含まれるヨゼフの相手が自分ではないという苦悩、それらから発した影響力に対する彼の野望が呼応する状態を、最初の妻であるマグダラのマリアとして黙視することになった私は、このいわゆる不倫状態が多く含むことのある、聖性を担保にした宗教的狂気に、唖然とするほかないというのか、聖なる関係というよりは、まるで自己複製としての情報生産を目指しているかのような展開、それによって自分たちの関係性を正統的な常識として頒布しようとするちからに、貪欲さと恐怖すら感じた。
今世、私が死ぬ気で「その背中」をあきらめたのは、おそらくこうしたトラウマ的な理由による。

大事な、義経さまの背中だったかもしれないのにね。

そんなわけで、1500年の仕事が終わろうとする昨今、その背中がまた、浮上している。
こんな自分を「危ない」と思うべきなのか、求めるべき適切な人物を探している状態だと思うべきなのか、この永かった仕事を終えたことに対するご褒美だから受け取っとけと考えるべきか、甚だ判断が難しい。

この背中のひとなのだが、この30歳のときは背中だけで、本当に生きている人かどうかすら私の意識の中では危うかったのが、どうやら9歳と14歳(それ以降もぽつぽつと)のときに、ほんの一瞬ずつだが顔を見るシチュエーションがあったことに、今頃気がつくという不思議な現象が起きている。
いや、これもすべて同一人物なのか、そう思っていいのか、妄想とすれすれの側面があるのだが。
ちなみに、ヨゼフと義経さまは魂的に別の人物だったらしいことが、昨日、判明した。
だから追いかけてもいいのだと、ようやく思えるようになった。

まだ書いていない、いちばんはっきり正面から顔を見た14歳のときのことを書いておこう。

その日の私は東京武道館にいた。
同級生の男子の剣道の試合を応援に来ていた。同級生の女子に誘われて。
周囲から微妙に迫るカップリングの強制力を、これまた微妙な意思表示で排除すべく、試合場からあり得ない近さで用意された桟敷席のようなところに座って、試合の緊張や集中力が伝わる位置で、自分がどうやってこの「剣道」なる競技を応援できるのかに悩んでいた。
一応、応援の立場なので、とにかくこの試合、剣道というものの動きに無関係な影響を与えたくない。それは周囲からの影響を排除する理由とは別に、試合というのは、競技を行なう出場者のものだからだ。
しかも剣道は、ちょっとした間合いや瞬発力が優位性を決めるらしいと目の前で見て分かったので、嫌でも目に入りそうなこの観客席で身体を動かすなどの所作からの影響も、いっさい与えたくない。
しかし、その私の理想を実現するには、目の前の動きにみだりに反応しない類の、かなりの集中力がいりそうだった。
当時は現時点より、より一層、真面目な性格だったので、真面目に悩んで、ちょっとした隙にトイレに立った。
この往復の間に、どうやってここに再び座るかを考えるために。
この日の私は、出がけに母親からのチェックがいつもよりも厳しかったため、髪型も服装も可愛らしく仕立ててあった。髪型は、ちょうどそう、紀子さまがご結婚当時してたようなやつ、普段は左右の髪が落ちてくるのを防ぐために細い三つ編みにして後ろで止めていたのをせずに、上の方だけバレッタで止めて脇の髪はおろしていた。母親が出がけに渡してくれた、普段は持たないようなレースのハンカチを握りしめて歩いていた。
アナウンスで次の何かが始まるということで、トイレからは出たが、まだ結論が出せていなかった。
どういう自分で、あそこに再び座るか。
トイレからの廊下を戻ってくるとき、向こうから歩いてくる姿があった。
私は廊下の右側を歩いていて、向こうは、だから私から見て左側を歩いてきた。
他に人がいなかったのもあって一瞬、その人の顔を見たら、なんというか、丸い目で(この人、どうなってるんだろう?)というような表情でこちらを見ていたので、私も改めて見返してみたら、その人は剣道着を着ていて、いわゆる「めっちゃ剣道みたいな人」だった。姿勢も、歩き方も。
このときは14歳なので中学生だったわけだが、小学校5年生のときに、剣道の師範で近くの道場で子どもたちも含めて教えている年配の先生が担任だったことがあって、その先生のことも思い出した。
そうそう、剣道って、こんな感じ!
脇を通り過ぎていく剣道着の同じ年くらいの男子を横目に、
(そうそう!ここは東京武道館で、本日は剣道の場所なわけだから、こんな感じで座っていればいいんじゃ?)
と思いつき、この気持ちのよい集中力を密かにコピペして、桟敷席に持って帰って、あとは覚えていない笑。
多分、ただその集中力で座っていて、試合や、それ以外の何かにすら、全く関与していなかったからだと思われる。
この日以来、剣道の応援には行っていない。最初で最後。
なんなら武道系の応援には行っていない。どれも同じ気がしたから。テレビでもリアルタイムだと緊張するので、基本見ない。この日で懲りたのかもしれない笑。他のスポーツなら大丈夫なんだけど(病気がひどかった間はそれも無理だった)。
そんなことで、その日の廊下のことを40年近くも経った今頃思い出して、これが30歳の背中のひとの印象とシンクロしたときの驚きと言ったら。
背中のひととの一致は、印象だけなので、もしかしたら間違いかもしれないけれどね。
意外な人、一期一会みたいな人に、意外な場面で助けてもらうということはあるんだなと。
このとき、本当に困っていたから。いろいろな意味で。あの集中力で座っていられたからこそ、周囲からのプレッシャーに流されなくてすんだ諸々があったから。
この直後、身体の性的な側面で、私も彼もとてもつらいことがあるんだけれども、その嵐の前の静けさの、一瞬の安寧、幸福とでも言ったらいいのか。