【2025 乃東枯】
なつかれくさかるる
↓ click please to next page↓
アシタハココカラ
2025.6.25
樹木が幹よりも根っこに
注力すると決めたらしいこと。
樹木(植物)からの要請に対する
人間の呼応の深さに驚いたとのこと。
「イザナミを迎えに行く」。
2025.6.24
お花の構造の好悪両面の現象、
受け継ぐもの~職人と教師の違い、
2と3でできていること(cf. Flipper's Guiter vs Perfume)、
|
【ヨルとイオ】後編
pieces of the puzzle
イオは、マネージャーをしていたあの頃のアパートの部屋に少し似ていたから、という理由で決めた今の自宅のアパートの一室で、ぼんやり洗い物をしていました。
浮かぶのは、カイが話してくれた、自分の幼少期のこと、それを話してくれたときの言葉たちでした。 「父と母が死んでいます、いや、この場合、お父さんとお母さんが、がいいかな」 本当に、気がついたら、という言い方しかできないのですが、カイはイオにとって、まるでイオが生まれてからこの方、我慢していたこと、つらかったこと、リウとのことも含めて、それらの傷の何もかもを覆いつくしてくれるかのような、大切な存在になりました。 カイは、イオがリウに話した、もといお互いに共有した、7歳のときの性被害の話を知っていて、 「なんでなのかね」 と言いながら、自分のことも話してくれたのです。 というより、順番としては、抱き合おうとして、カイが何かを思い出したように、まるで狂ったかのように心の中で絶叫しはじめたので、イオは目の前にあったカイの頭と背中を、他にどうしようもなくて、ともかくぎゅーっとしました。 5分?10分? もっとだったでしょうか。 心の絶叫が治まって、やっと楽になったようだった頃、カイはぽつぽつと話をしはじめました。 「ある日学校から帰ったら、両親が死んでてね」 「うん」 「いつもなら執事か家政婦さんか、誰かいるのに、その日は誰も家にいなくて、これは、誰かに言わなくちゃな、たぶん警察かなと思って」 「うん」 「それで、近所の交番に行ったの」 「うん」 「実はその前にね」 「ん?」 「いや、両親が死ぬ前さ」 「うん」 「母が」 そこでカイは、しばらく黙っていました。 カイの身体が緊張してきたのが、接しているイオの身体に伝わってきたので、カイにとって、そういう緊張を強いられたことに違いありませんでした。 「無理しないでね?」 イオは、自分の声を出した方がいいような気がして、そう言いました。イオの声は、耳よりも、身体からカイに伝わったようでした。 「うん。大丈夫。あなたには聞いてほしいの。だから、うまく、言葉にできないときがあると思うけど、聞いてもらってもいい?」 「うん」 「母は、弱い人でね。てか、母って言っても義理の母だったんだけれど」 「そうなんだね」 「社会と家庭、家庭というよりも家系ってやつかな、父は婿養子だったから、その二つで板挟みになっていたような義理の父も、弱い人だったんだけれど、あたる場所が多分、母しかなくて」 「うん」 「家族以外、というか二人のほかに家族は僕だけで、つまり僕にしか分からないように、母に暴力をふるってて」 「うん」 イオは、いつの間にか、カイの頭をゆっくりなでていましたが、そこまで聞いて、もしかしてこの手がそのお母さんと一緒に感じるとよくないかなと思って、その手をカイの背中にもっていって、指で、とん、とん、とほんの少しの力で、リズムを刻むように、ここにいるよ?聞いてるよ?っていうような気持ちで、伝えていました。 それは単にカイへの優しさというよりも、イオも自分の何かを動かしつづけていないと、それもカイに静かに伝わるような形で動かしていないと、この話を受け止められないような気がしていた、からなんじゃないかと思います。 |
2025.6.23 second
*
25年前に出会った、
背中のnobodyが
いた。
私ばかりか、
横顔のnobodyとも
縁のない人だと
思い込んでいたので、
最近はずっと
頭の中で
話していたのに、
現実の彼と
頭の中の彼と
nobodyとが
結びつけられなかった。
二次元で姿が
提示されていても
これにもまた、
気がつけなかった。
いや、
気がつけなかった
というよりは、
今でないと、
ここまで私が
事情を分からなければ、
もし出会っても
過去生の記憶の苦しみが
潜在的に働いて、
また意味も分からず、
離れてしまっただろう。
どこで
分かったの?
って、
二次元にいた彼の
頭の形。
後頭部の。
まさか?
いえ、本当に。
だって、
顔は見ていないし、
当時の背中は、
お揃いとは言っても、
とっても一般的な
背広姿だし。
割と離れていたので
身長は分からなかったし。
彼の背中は、
静かで、
真面目で、
「だいじょうぶ?」
と
「だいじょうぶだよ」
の両方を同時に、
声もなく、
伝えていた。
そのときに私が
感じていたのは、
この人は、
このまま、
きっと
振り向かないんだろうな、
ということだった。
自分が誰なのか、
多分知らせたくない。
でもここに
来てくれている
ということは、
多分、
何某かの理由で、
私を助けたい。
だから、
この人を
困らせないように、
このまま
距離を詰めたりせずに、
前後でいる
この状態?
究極の緊張状態にいた
私にとっての
この魔法のようなものが
解けてしまうまで、
ただ後ろを歩くのが
いいんだろうな、
ということだった。
一瞬、
とてもついていきたい
と思ったけれど、
多分それは
許されていなくて。
近づいてしまうと
多分、
いろいろなものが
壊れてしまうから。
私というよりは、
彼がいる方の。
私は一人で、
彼は多分、
一人じゃなかったから。
*
実際の人物を
知らないのに、
背中しか、
知らないのに、
nobodyに対して
恋愛妄想に
陥りそうになり、
死ぬ気でそれを
振り払った。
なぜなら、
私は自分の大事な人を
自分の救世主
なんかには
したくなかった、
自分の妄想の
餌食なんかには、
どうしても
したくなかったからだ。
けれど数年後、
nobodyの気配が
完全に消えたときの
絶望はいまだに
覚えている。
今思えば、
過去生で彼が
目の前で殺されて、
いきなり何も、
頭の中でも
まったくどこでも、
通じなくなって
しまったときと、
同じたぐいの
絶望だったのだ。
だからあんなに、
頭がおかしく
なりそうなくらい、
つらかったんだなって。
そのときは
自分に過去生が
あるなんてことも
知らなかったし、
しょうがなかったな、
って。
*
2019年夏に
病気が明けて
次の年くらいから、
頭の中で
いつの間にか
話していた人が
いたのだけれど、
この人とnobodyも、
一致しなかったし、
生きている人なのか、
人間なのかどうかすらも
分からなかった。
それがこんなにも
普通の人間の姿を
しているのだと知って、
あの背中に
抱きつきたい気持ちと
蹴とばしてやりたい気持ちが
同じくらい
発生している。
*
さらに
もっと人間に近い
存在として、
2022年秋に
生活訓練と称して
実家を出たあとに、
頭の中で
話していた人がいて、
気がついたら
愛し合っていて、
彼の、
幼少期からの、
まるでどこかの
ドラマのような
耐えることばかりの
ような人生を、
(決してそんな
悲劇風には
話さなかったけど)
つらつら、
寝物語のように
聞いていて、
この人と自分は、
果たして
いつか現実で
出会うことが
あるんだろうか、
と思ってきた。
*
彼以外の人が
いつの間にか
彼に混ざり込んで
きていると
知ったとき、
そして私が
必ずしも、
彼だけを
聞き分けられないと
知ったとき、
防御壁を
上げざるを得なかった。
過去生の
主につらい記憶が、
ますます出てくるように
なっていた。
それでも、
状況は続く。
その過程で私は、
そもそも私の周りで
起こっていたらしい、
いろいろなことを
暗黙のうちに
教わったし、
知ることができた。
自分自身のことも。
そして、
ようやくnobodyの
いくつもの姿が、
いろいろな
他の人との
比較対象という
鏡を借りて、
こうして
一致をみているのだが、
再度言うと、
あのときの
あの背中には、
今現在、
私の大好きな枕と
同じくらい、
ぎゅーっと
抱きつきたい気持ちと、
背中に
近寄っていく最中で、
忍者のごとく宙に舞い、
飛び蹴りを
お見舞いしてやりたい
気持ちとが、
同じくらい
発生している。
私の妄想ではなく、
nobodyはいたのだ。
あの、
背中の人すらも。
*
今の私が本当は
どれほど嬉しいと
思っているかなんて、
絶対誰にも、
nobodyにも、
もしかすると
私自身にすら、
ちゃんとは
分かっていない
気がする。
2025.6.23
下の【ヨルとイオ】の内容についての大事なことも話しているので、
先に下を読まれて「む?」と思われた方もこちらをどうぞー。
|
【ヨルとイオ】後編
pieces of the puzzle
イオには、たまに見る同じ夢、いつも脂汗をかきながら目が覚める、有体に言って、嫌な夢がありました。
それは、地球に来る前という舞台設定という点で、それほどSFが好きなわけではないイオにとってはかなり不可思議な夢で、でもとてもつらい夢で、これがファンタジーの成れの果てなのか、自意識過剰の結果なのか、被害者意識の妄想なのか、年齢が上がるうちに、どんどん分からなくなっていきました。 イオには、地球に来るときに一緒だった人がいて、元の星では性別がなかったので、イオにもその人にも性別はなかったのですが、ちょうど地球では性別が成立して間もない頃で、その人は自分の身体を男の人に、イオは女の人にしました。 性別というのは、男女でセットだということだったからです。 でもね、地球に来てその人と愛し合おうとしたときに、なぜか何人かの男性に邪魔され、しかも身体に乱暴を受けました。その様子をその人は絶望的な目で見ていて、止めようとして暴れ出した直後に、彼はその男性たちに殺されてしまったのです。 元の星では「死」というものがなかったので、イオも、おそらくその人も、身体においても精神においても「死」というものを理解しておらず、イオは彼が身体からいなくなったことは分かりましたが、これまではどこにいても頭の中で話せていたので、あちこち呼びかけるのですが、どこからも返事がないのです。 そのことを、イオは長いこと、受け入れられませんでした。 目の前にいないだけでなく、本当に、存在が、どこにも、いなくなってしまうということ。 それが「死」というもの? どうしてもよく、理解できなかったのです。 どこにもいないというのは、イオにとっては会えない、ということなんでしょうか。 例えば、何度、生まれ変わっても?二度と? 彼は今、どこにいるの?それとも、どこにもいないの? あんなつらいことがあって、イオにもう会いたくないから、会えないの?声が届かないの? その焦りと涙で、いつも目が覚めるのでした。 |
2025.6.22
昨日は夏至(げし)、
一年でいちばん昼間が長い日でした。
今朝の明け方の空には三日月と金星。
|
【ヨルとイオ】後編
pieces of the puzzle
数日後、イオは無事に退院して、しばらく家でぼんやりと毎日を過ごしていました。
まさか、自分のことをあんなにあっさりヨルに、それももう一人のヨルに話してしまえるなんて、思っていなかったからです。 下手すると、リウの子どもを妊娠したことも死産したことも、墓場まで持っていくつもりだったのに。 けれど、自分で禁忌としたことを口にしたからといって、何が楽になるわけでもなく、頭の隅にはあったけれど、頼ってよいかは分からずにしまってあったあの名刺をついに取り出し、電話をかけました。 「イオさん?」 とイオが相手を確認する前に、電話の主はそう言って、 「ちょっとは身体、楽になった?」 と聞きました。少し黙っているイオに、彼は 「この電話、かけられたもんね?会う?とりあえず」 と言って、受話器をコツコツと小さく叩きました。 その珍しい音が、なぜだかイオには、自分の心への「もしもし」に聞こえて、イオは、 「うん」 と答えました。 数時間後、イオともう一人のヨルは、街の中心でも外れでもない、とあるレトロな喫茶店の奥の、ちょっと個室に近いような席に座っていました。 「彼を助けたい?」 ともう一人のヨルは言いました。 「え?」 「リウのこと」 「助けなきゃいけないような状況なの?私に助けられるの?」 「助けなきゃいけないような状況かと聞かれたらイエス、あなたに彼を助けられるのかと聞かれたら」 ともう一人のヨルはそこまで言って、イオの顔を見ると、 「あなた次第」 と少し強めの声で言いました。 「でも、あなたにしか助けられない部分があるのかもしれないとは思ってる。リウはあなたを信頼しているし、本来は接触するはずなかった僕とあなたがこうして面と向かって話せているから」 「そう」 とイオは言いました。 「では、話を聞かせてください。もちろん共有可能な部分だけでいいので」 「うん」 もう一人のヨルは、途中少し、注文を頼んだり、コーヒーを飲んだりして間を置きながら、イオがマネージャーの職務を離れたあとのリウのことを、丁寧に話してくれました。 「なんか、割と展開があっという間でさ」 と彼は話し出しました。 話しながら、イオの精神的な負担がどの程度あるかを、たまに窺っている様子も分かったので、イオも普段なら無表情で対応するような場面でしたが、なるべく自分の反応を隠さないように努めました。 イオが退職するときに、リウの命すら危うい、ということが上司との暗黙の了解でもあったわけですが、イオにはその状況のすべてが分かっていたわけではありませんでした。ただ、その「何か」の動きが、リウとイオの関係を否定的に感じていて、イオをリウのそばから排除したいらしいということだけは体感的に分かっていました。 もう一人のヨルが言うことには、当時のリウとイオとの関係を知って、リウを救世主のように扱うようになっていたファンの一人が命を絶ってしまったこと、それをきっかけに、彼女によるリウの扱い、つまり救世主としての扱いを、彼女の存在とともにそのまま周囲のファンが宗教化してしまったのだそうです。 さらにそれらの動きが、社会への定着を求めて、占い及びメンター業界を含んだ金銭価値へと転換され、つまりは事務所外での独自の応援ビジネスに発展、それをおそらく阻止しようとする者たちによる偽名の詐欺行為も出回りはじめて、リウは自身が望まない台風の目となってしまったことで、ストライキとも目されるような沈黙を維持したまま、その立場から脱するために苦慮しつづけているのだということでした。 イオはそこまで聞いて、少し黙っていましたが、 「恋愛妄想は、精神分裂病の妄想症状の中で、最も致死率が高いからね」 と言いました。 「恋愛妄想?」 もう一人のヨルは聞き返しました。 「リウを救世主のように扱った話のこと。恋愛妄想というのは、典型例で言うと、テレビの中のアイドルが自分のことを愛している、しかも自分たちは愛し合っていると強烈に思い込む妄想のこと。事実と全く反していてもね」 「そうなんだ、それを恋愛妄想って言うんだね。ただのストーカーとかじゃなくて?」 「恋愛妄想は一方的なものではなくて、相手の視線が必要なの。自分に対する肯定的な視線ね。だから、精神的/肉体的どちらであれ、近くにいられるような状態では起こりにくい」 「相手の肯定的な視線かぁ、なるほどね。テレビの中からだと、そりゃカメラに映る顔だから、いい顔するよね。『全国のファンのみんなに!!』みたいな」 「そうそう、その『みんなに』ってやつを、自分だけにくれたと思い込んじゃうのね。暗黙の合図のように、テレビの中からだからみんなに向けているけど、実は彼の意志としては自分だけにくれている、みたいにね」 「あぶねーな」 「そうそう。テレビの画面が、マスメディアの情報ってやつが、どのくらい強烈なブーストと切り取りをしたうえで各家庭とか個人に送信されているのかってことが、あのとき嫌というほど分かった。その映像は、うちの、うちの家の、私の部屋のテレビに送られているけど、発信元からは一斉に送信されているので、それは個別なものじゃありえないんだよね。だけどそこを『自分だけに』ってすり替えて感じちゃうっていうのかな?」 「雑誌とかは、物体としては個別だけどね」 「うんうん。でもね、逆説的に聞こえるかもだけど、雑誌の方が物体として個別な分、個別性がそっちにちゃんと転化しているので、大量にコピペされていることを意識しやすいでしょ?そのことでむしろ『私だけに』っていう勘違いはしにくいっていうのかな」 「そっか。映像の方がそこ、感情移入しやすいね、確かに」 「相手の視線がこっちを見るからね。たとえ本当には目が合ってなくても、そのように思い込むことは可能だよね。言葉でも、『あなた』呼びかけで恋愛妄想を起こすような時代があったみたいだけど、映像の方が強烈だろうと思う」 「うんうん」 「でも間違ってはいけないのは、画面のこちら側では目が合っているように思っても、あちらはこっちの視線を受け取ってはいないってことなんだよね。それは言葉でも同じ」 「なるほどね、面白いなー」 もう一人のヨルは、「面白い」という言葉を使いながらも真面目な声でそう言って、そこでコーヒーを一口すすると、 「それにしてもさ、イオさん、そういうことよく知ってるね」 と、内容だけでなく、イオが話してきたその緊張した声にも少し驚いたように言いました。 「私自身が罹ったことがある妄想だから。危ないと分かって、死ぬ気で妄想振り切ってギリギリ回避したけど」 「そうなんだ」 「キリストとマリアの究極的な関係性というか、救世主と信者、一神教の最も強烈な構図ね」 「そうなの?」 「うん」 「リウは、そういう意味での台風の目なんだね」 「そういうことになるね」 「そっか。じゃあ、ここで僕のことを話します。その方がいいと思う。変な誤解はさせておきたくないから」 「ん?」 「いやあのね、とても繊細な話だから、余計な誤解によって状況をぶらしたくないっていうのかな?イオさんは、この件とか状況、リウについても、何かきっといい知恵をもたらしてくれると思う。元マネージャーだから無関係な人でもない。だから、イオさんの状況を見る目をぶらしたり曇らせたりしないためにもね」 「ん???」 イオは、何がもう一人のヨルの口から語られるのか、全く想像がつかずにいました。 「ちょっと、なんか食べる?」 と彼は、テーブルの端にささっていたメニューをとって、 「お腹すいた」 と笑いました。 「僕ね、オムライス。イオさんは?」 とメニューを渡されて、イオは品目を眺めると、最近食べていなかったものを発見して、それにしました。 「食べ終わってから話すからね」 もう一人のヨルはそう言うと、 「あー疲れた!緊張した!イオさん、途中でめっちゃ真剣になるんだもん」 と笑いました。 「ごめんごめん、ちょっとね、個人的に命が危うかった頃のテーマだったもんだから」 とイオも笑いました。 「それ過去形なの?」 と彼は聞きました。 「うん」 とイオは答えました。 「そうじゃなきゃ、演技部門のみとはいえ、アイドルのマネージャーなんか引き受けないよ」 「そっか。ひゃーおいしそ」 運ばれてきたオムライスを見て、もう一人のヨルは楽しそうにスプーンを握りました。 彼は、自分のことを、リウの警護者でヨルの名義のうちの一人なのだと言いました。 「リウの警護者で??ヨルの名義の??」 イオは聞き返しました。 もう一人のヨルが、なんて答えようか迷っていると、イオは 「つまり、リウはすでに、その何?いわゆるSPってやつ?警察?警備?がついてしまうほどの存在になっているわけなのね?」 と言いました。 「まぁ、そういうこと」 「それで、あなたは」 「僕は彼の名義の一人なので、一応、アイドルや、イオさんがいなくなったあと、演技の一部を役割として引き受けていたところはあるけど、今は基本、やってることはこっち」 「なるほど。つまるところ、あなたは、『もう一人のヨル』ですらないのね?」 「うん」 「先日の格好は?」 「ヨルの身代わり。彼がホストになっていることは確かだけど、その名刺の店じゃないしね」 「なるほど。お店に行ったりしなくてよかった」 「だって、あなたが会いたいのはもう一人のヨルじゃないでしょ?」 「うん、そうだけど。でもなんで、そのヨル自身が台風の目にならないで、リウがなったの?」 「画面に出ていた人がその立場のままになってると困るから。というか、リウがそうなってしまったんで、サブになろうとしていたヨルが再びポジションをスイッチしたの。僕も。リウを守るためにね。リウはそう思ってない、自分がヨルの立場を排除されたと思ってるかもしれないけど」 「そっか」 「木を隠すなら森の中に?」 「ん?さっきの名刺の話?渡された情報の中の、ほんとの手がかりは1個だけってこと?」 彼はそれには答えずににこっと笑って、 「僕のこと、なんて呼ぶ?」 と言いました。 「え?」 「いや、僕はヨルでもないし、リウでもないから」 「そっか、うーんとね」 イオは、自分が座っているところから、壁紙だの天井だの、テーブルだの、仕切りになっている壁代わりに植わっているフェイクグリーンの観葉植物だの、ぐるりとあたりを見回して、最後に目の前のテーブルの食べ終わったスパゲティ、ボンゴレビアンコのお皿の端にきれいに並べて乗っていたアサリの殻を見て、 「カイ」 と言いました。 「カイ?その視線からして、貝殻の貝?」 「うーんと、よく分からないけれども」 「いい加減だなぁ」 「そんなことないよ、ちゃんとよく見回してから決めたもん」 「僕の名前なのに」 「だからちゃんと考えて決めたって」 「考えてないだろ」 「じゃあ、ちゃんと見て決めた!!わかった、じゃあ、カイには特別に、漢字を当ててあげます」 イオはそう言うと、 「どんなイメージ?」 と聞きました。彼は、ちょっと目を斜め上にあげて、 「『黙っててください』」 と言いました。 「は?」 「だから、『黙ってろ』っての」 「誰が誰に?誰が誰に言うの?言ってるの?」 「僕がおしゃべりだから、黙ってろってよく言われるの」 「何それ」 イオは笑い出しました。そして思いついたように、 「職業柄、黙ってろっていうんじゃなくて?」 と聞きました。 「え?」 「いろいろ黙ってた方がいい職業なんじゃないの?」 「あー、そうだね、そっちもあるね」 「じゃあ、イメージとしては、『黙っててください』」 「そうそう」 「じゃあねー。そうだな、寡黙の『寡』に、維持するの『維』。黙っててください、まんま!」 イオは自分で言って、大笑いしました。 「なんでそこで笑うの。まんまでしょ?」 「いや、あまりに見事にはまったんで」 「なんなんだよ、その自己満足は」 カイはちょっと怒った顔になりましたが、 「元気になったね」 と言いました。 イオは、まだ笑ったまま、 「とてもありがとうございました」 とお皿に額がくっつきそうな角度でお辞儀をすると、 「日本語が変」 と小声で付け足しました。 だいたいにおいて、このくらい日本語が変な方が、自分が元気なのをイオは知っていました。 カイと一緒にお店を出るときになって、 「そういえばあの音ね」 とイオは言いました。 「ん?」 外気が意外に蒸していたので、カイはちょっと片手で顔に当たってきた日差しを遮りました。 「あの、受話器のコツコツ」 とイオは続けます。 「うん」 「私、かつて一時期、声が出なくて、どうにもならなかったときね。その頃はネットなんてなくて、声じゃなかったら送れるのFAXくらいで、だから文字も書けないときは、遠くにいる親と話すときに、イエスは2回のコツコツ、ノーは1回のコツコツってしてたことがあってね」 「そうなんだ」 「そのときのこと、たった今、思い出した」 「大変なとき、あったんだね。もしかして、今日の話とか、大学卒業したあとに就職してなかったのってそのせいなの?」 「ん-、まぁね。でもその音、自分がそうしてただけで、人からやられたのは初めて。だから、受話器を通して聴いたのも初めてだった」 とイオは笑いました。 「なんか、あれでね、たぶん大丈夫になった」 「そう?ならよかった」 ちょっと後ろを振り返りながらそう答えた3人目のヨル改めカイの顔は、ヨル一族の顔面シリーズの一つではありましたが、イオにとってちょっと特別になったのでした。 |