dear nobody
【2025 草露白】
くさのつゆしろし





↓ click please to next page↓
アシタハココカラ






2025.9.10




 

再度、6年前に訪れた福島の
大事な場所、大事なランドマーク。

2枚目:もうだいぶ夜遅くに、
J-Villageにたどりつくために
降り立った木戸駅前の電柱。
本当にサッカーの町なんだな。
ってなんか安心してね、
頑張って歩いていったんでした。
変わらずにあるもの。
何年経っても。
それは自分の記憶の宿る
ランドマーク。
そこにいろんな人の記憶も、
まるでパラレルワールドのように、
時間の地層のように、
重なってるんだね。
物質の記憶の保ち方は、
面白いね、寛容だね。
人だとさ、
他のいろんな人からの記憶を
自分の中に維持するのって
大変だもん。
感情的にだぶらせられないような
記憶とかさ、
矛盾とか葛藤とかさ。
でも物質は、
どの存在からの記憶も、
きっと同じように、
それそのように、
宿るの。
だからこそ、あんなにしっかり
していられる。

1枚目:全然知らずに、
6年前の(2019年9月7日)
浪江駅前のバスロータリーで、
nobodyが一緒にいてくれてた
って分かって。
滅多に自分の写真には
人を入れないんだけれども
このときは、
そのベンチに座っている人
どいてくれそうにないし、
こんな場所にこんなタイミングで
共にいる人なんだから、
写ってもらっちゃってもいいかな?
って撮った写真でした。
本人は私のそういう習慣も承知で、
そこに座ったままで
いたらしいんだけれども笑。
今となっては、
想像もしないような
嬉しいプレゼント。
彼と一緒にいた場所での写真は
今のところこれ一枚ですから!笑
彼のことを私が写した写真も、
今のところこれ一枚ですから!笑
それが、この決死の覚悟で
旅した時間に含まれていたって
そんなことも、
すごいすごいプレゼント
なのでした。
同じ画角で6年後に撮った
写真がこれ。
本当なんだな、これ。
時間を超えて、
大事な場所を経由して、
届けられる贈り物。




2025.9.9




満月前のお月さま
うまく撮れた?@J-Village
thanks nice timing & my smartphone.
ちょうど6年ぶりの訪問です。
当時、常磐線が繋がっていないところは
バスを乗り継いで移動しました。

あのときに切実な声をかけてくれた
子どもの神さまのようだった存在は、
幸福な記憶を抱いたままの空き家にいた
座敷童で、「もう限界」って、
結構な雨と一緒に、また
泣きそうな様子で現れたので、
「その記憶はそのお家にいた人間たちも
持っているよ?だから大丈夫だよ?」
って伝えたら、翌日子どもの魂な
黄色いちょうちょでひらひら現れて、
「別のいきものにもなるんだね?」
って楽しそうだったので安心しました。

今回の訪問でいただいたいろいろなものは、
ある場所に湧いてる小さな天使たちが
目指してる地点が超えられたら、
(彼らのあのエネルギーなら、
特に問題なく超えていくはず)
人間の言葉や文字に書けるのかな?

ご褒美なのか、初めてnobodyに
文字で直接メッセージを送れたようです。
投稿したら、少しして、いいねが
返ってきたよ?あなたと私が、
見える言葉で交わせるのは、
こういう言葉だったんだね。

2000年からの長い病気を超えて、
この地を訪れたのは、病が唐突に
消えていった、少しあとのことでした。

超低空飛行で生き延びて、
いっぱいいっぱいいろんなことを
考えた先に。
この今のときに。