【2025 蟷螂生】
かまきりしょうず
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アシタハココカラ
2025.6.10
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
「イーオさん、何読んでるの?」
「え?!」 読書に集中していたイオは、ヨルが近くに来ていたのに気づかず、必要以上に驚いてしまいました。 「ごめんごめん、驚かす気じゃなくて」 「ううん、いいよ、私、集中すると全く周囲が聞こえなくなるたちで。えーとね、この本はね、『七つのチャクラ』、『魂を生きる階段』」 イオは、本を開いたところにある表紙を出して、そこに書いてある文字を、律儀な様子で読み上げました。 「『魂を生きる階段』ってすごい言葉だね。で?チャ?」 「チャクラ」 「チャクラ?何語??」 「ん?何語だろ!サンスクリット?待って、多分そう」 イオは、自分のノートを取り出して確認しました。 「それって古いインドのあたりの言葉だっけ?」 「うんうん」 「面白い?」 「うん。ってかね私、お腹がすごい緊張しちゃうときがあって、しかもなんか、ものすごくそこが何か言いたそうでさ、その原因をひたすら調べててたどりついたの、チャクラの概念。身体に縦に配置されてる7つのエネルギーセンターって、だいたい説明されてるかな?」 「へぇー。じゃ、それぞれ役割が違うってこと?」 「うんうん」 「僕さ、ちょっと身体鍛えようと思ってて。身体のこと知りたくて。そういうこともきっと役に立ちそう」 「文庫だし、すぐ手に入ると思うよ?それとも買っておこうか?」 「うん!お願い。ここしばらくはスケジュール混み混みで、自分の用事する暇ない感じだから」 「うんうん」 「きっとさ、身体が、もう少し気にかけて?って言ってるんだよ、イオさんに」 「うん、頭でっかちだから基本、私は」 「それはそれでイオさんらしくていいけどさ!お腹が何を言ってるか、うまく聞けるようになるといいね」 「うん、ありがとう」 「そのブックカバー、きれい」 「ん?あーこれね、和紙。富山のだったかな?」 「おー、いい感じのザラザラ!」 ヨルは、きれいな指を伸ばしてきて、イオが手にしている本のブックカバーの部分に触りました。 「いつも持ち歩いてたらぼろぼろになっちゃって笑」 とペラペラ、中をめくりました。割と分厚いその本のページの端っこは、全体にだいぶもう、すり切れかけていました。 「もしさ、まだ全部読んでなくてもさ、その本、イオさんにとって大事な本なんだね」 「うん、多分、ずっとね」 「え?これ、医療の本でもあるの?」 ヨルは、さらにイオが開いていたページを覗き込んで、とても嬉しそうに言いました。 「うんうん」 「ますます読みたい!」 「ヨル、お医者さんに興味あるの?」 「え?僕なんかが興味持てるとこじゃないけど。ろくに学校も行ってないし」 「そんなの関係ないよ」 ヨルは、ちょっと気弱な感じになって、そこでしばらく黙りましたが、 「なんかね、人とか、人じゃなくても、目の前の何かが元気になってくれるのが、すごく」 と言って、また止まってしまいました。 「ん?すごく?」 「ううん、別にいいの。でも、その本読む。読みたい」 「分かった、何か、ヨルと仲良くなってくれるのに来てもらおうね」 「ん?」 「本もそれぞれ違うのよ、一冊一冊」 「そうなの?」 「それもご縁なの。勝手にそう思ってる。だから、自分で探して届くやつがほんとはいいけど、私経由でも大丈夫だと思うから。紹介者だし」 「もしイオさんが手に入れられなかったら、そういうのが働いたからかもね!僕が出会う方がいいんなら、そうなる。そんな感じ?」 「うん」 「そっか。全部コピペだし、おんなじなのかと思ってた」 「ヨルの連載が載った雑誌だって、一冊一冊、届く場所、人が違うし、別の場所で保管されるし、別々なんだよ?」 「だとしたら、なんか、僕、もしかしてとんでもないことになってる?」 「ん?まぁね。でも、それがヨルの職業だってことだから」 「気をつけよ」 「何を」 「うーんとね」 ヨルはそこでいったん斜め上を向くと、 「分かんない!」 と半分叫ぶように笑いました。 「よろしい!」 と、そのヨルのかぱっとした笑顔と声に向けて、イオも正直に言いました。こういうヨルだからこそ、この役割なんだなきっと、と思いながら。 |
2025.6.9 second
トートバッグ、試作できたん。
2025.6.9
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
イオは、横に自分と同じ姿で並んでいるヨルのことをぼんやり感じていたら、4歳のときに、人生で唯一、同じベッドで寝ていたことのある、おばあちゃんのことを思い出しました。
おばあちゃんは、寝ている間、いつもイオに背中を向けていました。 ベッドはイオのおじさん、つまりイオの母親の弟であるおじさんが、イオとおばあちゃんが二人で寝るからって買ってくれた、かなり大きめのベッドでした。 イオは、おばあちゃんが寝ているのとは反対側で、自分の分、半分の領域にはとても気をつけていましたが、イオの姿勢が動くとベッドと襖の間に落ちそうになって、一度本当に挟まれて出られなくて大変だったので、毎晩、緊張していて、その結果ついに、ベッドの端っこがいつも意識できるように、自分の左足をいつもベッドと襖の間に落として寝るようになりました。 その足が落ちている暗がりは、布団からはみ出ているので冷んやりしていて、もしお化けに足をつかまれたら多分引きずり込まれるんだろうな、と思いつつ、それだと怖くて眠れないので、考えないようにしました。 何か言いたくても、手を伸ばすことも、声をかけることもできなくなって、だからというのか、おばあちゃんの背中は、ずっといつもイオを拒絶したままでした。 イオは、今との差を考えて、思わず涙が出てしまいそうになりました。ヨルの身体のどこかに手を伸ばそうと思いましたが、おばあちゃんのあの頃の背中を思うと、できませんでした。 ヨルにも、拒絶されるときがくるのかもしれない、その覚悟はいつでもきっとしておかないといけないんだな、とイオが考えていたとき、ヨルがまるでそれを遮るかのように話し出しました。 「なんかあの運動ってさ、すごく集中するし、『自分自分自分』みたいになるんだよね」 「え!?」 イオは、そのいきなりの話題が何のことを言っているのか、一瞬分からなかったのですが、しばらくヨルが黙っている間に分かったら、可笑しくなってしまいました。 イオの笑いが何のことか分かった結果だと、ヨルは顔をちょっとこちらを向けて確かめると、さらに 「でもさ、そんな自己確認なら、大切な人の中でやらなくたっていいじゃない」 とちょっと真面目な調子で言いました。 イオは、そっか、ヨルはこれを真面目な話として言いたんだな、と理解して、 「自己確認ね、言い得て妙だね笑。ちなみに、そういうの女性でもあるよ?なんか自分にめっちゃ集中したくて、そういう気持ちになるときがある」 「そうなんだ。え?集中したくて?」 「うん」 「いわゆる、感じたくてじゃなくて?」 「それもないとは言わない、確かにそれもあるけど、集中したいが9割」 「9割!?へぇー。じゃ、ほんとにほとんど自己確認系だね」 「うん、男の人と完全に一緒のベクトルか分かんないけど」 「確認と集中は、確かに違うっちゃ違う」 「うん。実際の行為中には、女性は相手を受け入れるしかなくて、自分優位な感覚にはならないので、だからこれは完全に一人のときね」 「そうなんだね!僕も自己確認は一人でやる」 ヨルは少しきっぱりした調子で、上半身を持ち上げると、ベッドサイドの水を飲もうとして、ついでにイオにも渡してくれました。イオはありがとう、と言ってそれを飲んで、水ってほんとに自分を新しくしてくれるものだなぁと思いながら、 「ああいう欲求は、身体が女性でも、男性性を上げたいと思うような方向性なんだろうね」 と言いました。ヨルも、 「実際、今時の女性は、男系の強い社会に出て同じようなポジションで仕事しようとしたら、かなり男性性が育ってないとやってけないでしょ。うちらの現場もさ、体力勝負の、精神的な力仕事みたいなのを引き受けてる女性は結構いる」 「うんうん、ほんとね。ほんと、そう思う」 イオは、現場でテキパキ静かに動き回る、密かに尊敬していたりするスタッフの女性たちのことを思い浮かべました。ヨルは、 「そっか、女性のそういうのも、ある意味、健康的に必要なところがあるんだね」 と言いました。 「何の話をしてるんだか、もう笑」 「ここまで言っちゃっていきなり恥ずかしがる?笑」 「いや、あのね」 「イオさん」 「うん?」 「はい」 ヨルはそこで、イオの側の二の腕を差し出してきました。 「ん?」 「さっき、どこか触りたかったでしょう、僕の」 「え?」 「さぁさぁ遠慮せず?」 「いいよ」 「よくないよ」 イオは、少し考えていましたが、そこから4歳のおばあちゃんとのベッドでの話を、初めてヨルに、というより誰かに初めてして、ほっとして涙が出て、ついにはわーんと泣いてしまいましたが、そこまできて、ようやくヨルの二の腕に触ることができました。 「イオさん、これも誰かといる練習ね。っていうか、僕とね?」 イオは黙っていました。おばあちゃんの背中の方が、イオにはまだ圧倒的で、ヨルもいつかそうなるのが怖かったからです。でも、そこをこらえて、 「そうだね、練習するといいんだね」 と言いました。 「うん、僕もしてるから」 とヨルが言ったので、イオが、え?と言うように彼の顔を見ると、ヨルはちょっとニマッと笑って、なぜか後ろにあった枕を手に持って、イオの頭にぱふんと乗せました。 「なによ」 「別に。もう少し時間あるから眠ろ?」 「うん」 ヨルがまた布団に潜ってしまうのを見て、イオもようやく安心して眠りました。 |
2025.6.7
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自分が
幼い頃に
(9歳の、
義父が来る前)
自然の声への耳を
閉じてしまった理由が、
樹木たちからの
人間への警告と
宣言を聞くのが
つらかったからだと
分かった。
今はうまくは
文字で
説明できない。
きっと
今は、
それでよいと
思っている。
2025.6.6
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【フタリノセオリツ】
masculinity ★/☆ femininity
★「なんていうか、地球は今、みんな愛の病気だと思うんだよね」 ☆「この『愛』ってやつがまたねー」 ★「そうそう。地球の人にとって、『あ』と『い』って超基本的な音だからさ」 ☆「うんうん、だからね、意味を当てすぎるとそれが全世界で共有されて、みんな苦しむっていうね」 ★「まずは、今も日本で使われている仏教の『愛』だよね」 ☆「これね、結構、業が深いと思っていて、当時の人間は時代的にみんな結局ここで苦しむわけで、仏教でもそれを概念で完全には昇華できなかった。」 ★「経典に押し込められた愛の呪いのようなものが、日本で開封されて、精神的な原爆みたいなものが破裂して、その当時の都は壊滅してるからね」 ☆「あそこは自然ごとやられたから、いまだに水も完全には回復してない。今それができる人が集まっていると思うけれども。ありがたい教えだけじゃなかった、っていうね」 ★「その業を、つまり仏典に込められた業だけでなく、それを運んできて自分の国で開封したという業もまた、あのときの人たちは背負っている気がする」 ☆「うんうん。日本でその業の解消が可能だと思われたから、運ばれてきたんだろうけどね」 ★「日本の『あい』は、結局、大事な母音にとどまっていると思うんだよね」 ☆「うん。それでいいと思うというか、それがいちばんいいと思う。日本でいちばん思い当たるのは植物の藍だけど、藍は、古くから魔除け、守りの効果がある植物の名前というか、音だしね」 ★「日本において、『あい』が守りの意味だって、すごく分かる気がする」 ☆「うんうん。最近ではだいぶ長いこと、英語の一人称の主語に当たる『I』が世界を席巻していた気がするけども」 ★「英語が言語の中で勢力を持っていたのって、そのせいじゃないかと思うくらい」 ☆「なるほど」 ★「自分自分自分、みたいなさ」 ☆「まぁ、本当にそう思っているかどうかはともかく、話すたびに『自分』という意味で使うわけだからね」 ★「個々の身体への自覚というか、身体に宿っている魂の分離を、適切に進めるためというのもあったと思うんだけど」 ☆「日本人は意外に精神が自立しているんで、あえて言われるとしんどいっていうか、うるさいっていうか」 ★「精神の自立、昔は特にね」 ☆「うん。それって、口に出したからそうなるってもんでもないからね」 ★「あなたがさ、自分という意識は、英語で言うなら『I』よりも『am』に宿っていた方がいいよねって言っているじゃない」 ☆「うんうん。自分というものに対して、自分が、っていうよりも、自分であること、っていうのを意識して生きた方が、ポジション的にいい感じがするっていうのかな」 ★「自分に対しても、人に対してもね」 ☆「そうそう。相手を尊重しやすいっていうの?それが自分を尊重することにも通じるというかね」 ★「うんうん。『自分であること』を大切にすれば、自然と他者との距離感が、自分を滅さずに調整されていくというかね」 ☆「あ、そうね、その方がいいね」 ★「やっとこの話をできるよ、最初に話してからもう5年経ってるよ!」 ☆「いろいろ調整が必要でしたね、お互いに、人間としては」 ★「あいあい。そろそろ起きるわ」 ☆「ほい」 |
手紬用スピンドル
(先が細いタイプの割箸、100均ネジフック、段ボール、布)
綿(布団用綿/次太夫堀民家園糸紬班ボランティア練習用)
(先が細いタイプの割箸、100均ネジフック、段ボール、布)
綿(布団用綿/次太夫堀民家園糸紬班ボランティア練習用)
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
服を着て帰ろうとしていたとき、ヨルは、ふとした隙間を狙うかのように、
「ねぇ、僕とずっと一緒にいてよ」 と言いました。 イオはいきなり心が硬直して、思わず、 「あなたはこんないかず後家を選ばなくてもいいの」 と言い返しました。 「違うんだよ、イオさんは僕にとっては、女の子のうちの一人じゃないの。イオさんなの。そういう人に、僕は出会っちゃったの」 ヨルは、真面目な顔をして言いました。 それからすーっと両腕を伸ばすと、イオの方に近寄ってきて、大事そうに抱えました。 「僕はイオさんと一緒にいたいんであって、よく言われるような意味でのパートナーがほしいんじゃない。だから、選ぶとか代わりがいるとか、そういうことじゃないんだよね。なんかそれはね、出会ったときからそうで、そのことをずっと不思議に思ってきた。特に女の人たちに迫られたときとかさ」 イオは、その歩み寄りに特に抵抗しないでいましたが、ヨルの腕の中でその言葉を何度か反芻しながら、しばらく黙っていました。 そして息をひとつ大きく吐いてから、 「うーん、なるほど」 と言いました。 「それはまた、すごいことが起こっちゃったんだね」 イオは、真面目に考えている間、ヨルの肩に軽く乗せていた顎が、身体の力が抜けてゆっくり重く沈んでいくのを感じながら、今の自分に最も相応しい言葉を探すなら、「感心」だな、今自分はヨルの自分への認識に、感心してるんだな、と思いました。 ヨルはそれを聞いて身体ごと嬉しそうにしながら、 「そうなの。分かってくれた?」 と言って、イオを抱きしめなおしました。 イオは、ヨルの声がイオの耳よりも身体に響いているのをじんわり感じつつ、 「うん」 と言いました。 ヨルはそこで身体を少し離すと、 「ねぇ、今度一緒に花火見ようよ。少し遠くからになっちゃうけど」 と言いました。続けて、 「イオさんが誰かと『一緒』にいる練習ね」 とちょっと偉そうに言うので、イオは苦笑しながら、 「んー、じゃあね、花火は遠くでどーん、私たちのところでは、線香花火でもやろう?」 と答えました。 「いいね!あれ?もしかして草花と同じで、花火も、おっきなのよりも線香花火が好きなタイプ?」 「うん。一人暮らし始めたときにね、夜中に突然思いついて、中華鍋にお水はって、真っ暗ななか線香花火やったの。それを当時は、携帯ってガラケーしかなかったんだけど、そのカメラで撮ったらびっくりするくらいいい感じに撮れてさ!それを自分のアイコンにしてたくらい。昔っから好き」 「なんだ!じゃあさ、いろんなのやろうよ、いろんな線香花火」 「うんうん!」 ヨルは、こつん、とおでこをイオのおでこに当てると、 「やったー」 と言いました。 |
2025.6.5 third
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
1999年、ノストラダムスの大予言が大外れしたかのような、拍子抜けのミレニアムを、数年過ぎた頃のこと。
イオは、縁故の縁故の縁故ぐらいのツテで、あるアイドルの男の子に、マネージャーとして就くことになりました。グループのメンバーだけれども、一人でなんだかの映画の主演をやることになってしまい、スケジュール管理を兼ねてのお目付け役とのことでした。 言い渡された事務所の人の顔色から、イオがたまたま無職で、肩書きや家柄、つまり余計なプロフィールがなかったことが、この変なポジションに抜擢された理由のようでした。 ついでに、彼のグループの音楽エージェントの拠点がある青山で、イオが生まれ育ったという点も。 「ヨルです、よろしく」 と、上司から引き合わされて紹介されたあと、初めて二人になった席で、彼はまっすぐなキラキラした目で、握手を求めてきました。 そして、イオの顔が一瞬、硬直したのを見て、 「あ、今さ、僕のこと、『こういう奴だよな、アイドルってのは』とかって思ったでしょ!」 と付け足しました。 「うん」 とイオは答えました。 「そこ即答!?」 「うん。え?だって、その、かっこよさの権化みたいなノリ、アイドル以外できないでしょ?」 ヨルはそこで沈黙すると、数秒たって大笑いしました。 「は?」 「いや、なんていうか、はっきりした人なんだね」 まだ笑いが収まらない様子で、ヨルはグーで机をバンバン叩くと、 「最高!さすがあの人が見つけてきた人だけのことある」 「あの人って、私の上司のこと?」 「うん。個人的によくお世話になってるの」 「そう」 「じゃあさ、僕が何でこんなかっこいいか知ってる?」 「ん?知らない。ハーフ?」 「んー、まぁそこもよく言われるし、そうなんだったらそれもあるかもだけど」 「じゃなかったら防衛本能」 「え?」 「私ね、美人とか、かっこいい人って、防衛本能が強い人だと思ってるから。特に顔面は」 「じゃ、あなたも?」 「私は美人じゃありません」 「普通の人は、あなたのこと、美人だと思うと思うけど。今の、防衛本能の件も含めてさ」 「そう言われるけど、私はそう思ってないの。でも、図星です。防衛本能の件はね」 ヨルの口調は始終やわらかで、ヨルが柔なら、イオは剛で応える、そんな雰囲気で会話は続いていきました。 「その感じ、イオさんの、僕は多分この業界にいて、数年前に超えちゃったかも。超えさせられちゃったっていうか」 「そうなんだ」 「それで今はこんなヘラヘラしてるの」 「ヘラヘラしてるのをどうこう言ってないよ?よくそんな、やわらかく話せるなと思う。私は『かっこいい』というあなたの問いについて言ったの」 「うん、そっか」 「そこ超えたの、大変だった?」 「ん?まぁね。でも、それでいいこともあったけど、悪いことの方が多かったかな」 ヨルはそこで足でも組み直したのか、片方の膝が、ガンと机の下に当たったのが聞こえました。 「そっか」 とイオは答えました。仕事の相手とはいえ、初対面の人と不思議な話をしているなと思いながら。 「だから、余計なお世話だけど」 とヨルは、まるで相談役の人みたいに両手を前で組んで、 「あなたは別に超えなくてもいいと思う。あなたはそのまんまの方がきっといいよ」 と言いました。 二人は、そこでしばらく黙っていましたが、イオが先に口を開きました。 「イオです。『一緒』って書いてイオ。生まれてこの方、誰とも一緒にいられないから、皮肉だと思ってるけど」 「はは、現実はともかく、いい名前じゃない?」 「ありがとう。内容はともかく、漢字と読みの対応は気に入ってる。ヨルは?漢字はあるの?」 「ううん、ない。この芸名、フルネームでも本名じゃないし、僕の名前でもないし」 「ん?」 「いや、いろいろあるの」 「そうなのね。いかにもいろいろありそうな業界だしね。追々分かることも、私のような門外漢には分からないこともあるんでしょ。特にアイドル側のことは、管轄外だから」 「うん、そのくらい割り切っててくれると助かる」 「よろしく」 イオは、さっきしそこねた握手をすべく、右手を出しました。ヨルが、さっき出した手とは逆の手でそれに応えたので、さっき出したのは左手だったんだなと分かりました。 ヨルの手は想像通りあたたかくて、イオはやっと安心しました。その顔をどう受け取ったのか、ヨルは、 「イオさんといるときは、あんまりアイドル顔しないようにするから安心して?」 とまたさっきの会話を思い出したのか、可笑しそうに言いました。 「うん、お願い」 とイオは言いました。 「真面目な話、そうしてね。仕事中に誘惑されたと勘違いすると、集中できなくて困るから」 するとヨルは余計に笑って、 「ほんと面白い」 と横を向いて言うと、 「改めて、よろしく」 と最初のキラキラとは違う、静かな顔と目になりました。 こうして22歳のアイドルと33歳の新米マネージャーのコンビが、ここに爆誕したのでした。 |
2025.6.5 second
2025.6.5
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