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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
イオが自分のロッカーをすっかり片付けて、コートを羽織って出ようとして、ポケットに手を入れたとき、何かに触りました。これ何度かあったな、と思いながら、取り出してみると、やっぱりヨルからのメモでした。 「辞表のこと、今日聞きました。今夜、日付変更線のあたりで、あのケヤキのところにいて」 いつだったか、ヨルを連れていった、イオの大好きな表参道の夜のケヤキ並木。そういえば、お揃いのミサンガを編んでって言われたのもあのときでしたっけ。隠していた方がいいんだろうと思って、厚さが薄めの左手首のサポーターの下に、つけたままになっていました。 イオは、少し早めにケヤキ並木のところに行って、ぼんやり座っていました。そもそもゆっくり表参道に来るのすら、久しぶりでした。 果たして、ヨルは日付変更線ジャストの時刻に、ふっと現れました。あのときとおんなじサングラス、でもそこだけ浮いている格好ではなく、ずいぶん大人になったなぁとイオは思いました。身体を鍛えはじめてからは雰囲気もはっきりしてきて、もう青年も終わってゆくお年頃。ヨルは29歳、イオは40歳になっていました。 ヨルはイオの隣に腰かけると、前を見たまま、しばらくして「さよなら」と言いました。そして続きは、サングラスを外しながらイオの方を見て、「新しい人は男だから」と言いました。 「マネージャー?」 「うん」 「そう」 イオは、少しの間で決意して、左手首のサポーターの下から、ミサンガを出して外そうとしました。するとヨルの手が伸びてきて、イオの手を止め、 「僕の方はだいぶ前に切られちゃったんだ」 と言って元通りミサンガをサポーターの下に収めました。 驚いてヨルの方を見たら、ヨルの顔が、出会って以来いちばん近くまで迫っています。 慌てて後ろに下がろうとするイオの身体をつかまえると、ヨルはそっとキスをしました。 それは不思議なくらい長いキスでした。 硬直したままのイオから顔を離したヨルは、イオの目をじっと見ました。 ヨルの雰囲気からもう消えてしまっていたと思った、かつてヨルに質問されて答えたイオにとっての光が、ヨルの目の中で、静かに灯っていました。 それがどういう意味なのか、今は分からないけれど。 もしくは、今は、分からなくても? ヨルは最後の一瞬、笑うように少しだけ目を細めてから立ち上がって、元通りサングラスをかけると、同潤会アパートの建ち並ぶ暗がりへと消えていきました。 (前編終わり) |
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【ヨルとイオ】
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「あなたの雇い主として、一つだけ聞きます。一つだけしか聞きません」 「はい」 「あなたは彼のことを愛しているんですか?マネージャーとしてでなく?」 「その質問に、どうしてもお答えする必要がありますか?」 「もしその答えがイエスならば、辞表を提出してください。この件は、私たち二人だけの共有とします。彼にも理由は伝えません。あなたから彼に伝えることも許しません」 「はい」 「今の状況では、彼の芸能人としての人生が、もしかすると命がかかっている可能性があります」 「承知しています」 「では、ここからは、年齢は違えど、同じ職業の人間として伺います。この仕事に就いたことを後悔していますか?」 「いいえ」 「彼に専属したことは?後悔していますか?」 「いいえ。していません」 「では、この事務所を含めて、他の人のマネージャーになる気はありますか?」 「ありません」 「引き抜かれそうだったので、念のためにね」 「再現はできそうにないので」 「では最後に、同じ一人の女性として聞きます。私も独身なので人のことは言えないんだけれど、完璧な結婚適齢期を仕事に費やしたことには?後悔は?」 「ありません。だいたいこの職に就く前にすでに、結婚には向いてない人間だと思っていましたし、お仕事はとても楽しく勤めさせていただきました」 「彼をよくここまで育ててくださいました。育てるという言葉が嫌いなら、彼と共に成長をしてくださり、感謝しています。これは事務所自体もです、私たちも共に成長することができたと認識しています。私見だけれど、まるでジョーカーのようにやってきたあなたでなければ、この業界にこんなふうにはまってはくださらなかったでしょう」 「ジョーカーですか。恐縮です」 「あなたは、どこの業界での活躍も、一切存在しなかった人でしたからね」 「新卒時、就職にあぶれましたので」 「これからは?どうするの?うちで何か他の仕事を担当しますか?」 「いえ、今は業界からも離れていた方がいいと思います」 「彼のために?」 「しばらくはモーレツにやってきた仕事よりも恋をしたいので」 「誰と?」 「冗談です。7年間お世話になり、ありがとうございました。失礼します」 |
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【ヨルとイオ】
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「お腹すいたね、お昼なんか食べたいものある?」 打ち合わせに続いた撮影の時間が大きくずれて、食事のアポを取り直す暇がなく、イオはヨルと現場から放り出されました。ヨルはここのところ、現場の都合でズレまくりのスケジュールにぐったりしていて、 「とりあえず」 と言ったまま、黙ってしまいました。 これは、判断力ゼロ移動力ゼロ、とイオは判断して、辺りを見回しました。 このスタジオは、電車の駅からもかなり遠い住宅街の中にあって、前を通っている道路もまっすぐ駅に近い方に通っていましたがそれほど広くなく、ぽつぽつと並んでいるのは、ごく地元のお店ばかりでした。 スタジオへの出入りを車両のみにすれば、どの程度の著名人でも大道具でも、あまり目立たずに動かせるので、その点では、少し離れたところに大規模な敷地を構えている、近所では桜の名所としても知られる某有名撮影所とは、かなり印象が異なっていました。 こんなことが言えるのは、実はイオは、今は実家を出てこの近所に一人で住んでいて、土地勘があったからでした。 突然、ヨルが 「うなぎ!!!」 と叫びました。 「うなぎうなぎうなぎうなぎ!!!イオさんうなぎ!ついでに!愚痴を聞いて」 イオは、ヨルにしては珍しい荒れた剣幕でまくしたてる様子に呆気に取られていましたが、何せイオの住んでいるアパートの目の前が、そのうなぎ屋さんだったりしたため、小さなお店でしたがお電話して一応、席を予約しました。すると、 「そういうことなら、店内は狭いですので、お持ちになりますか?」 とお店の方が提案してくださり、 「そこから歩いてこられるなら、いらっしゃる頃にはほぼできているでしょうから。たまにそちらのスタジオからそういうご要望もあるので、大丈夫ですよ」 と言ってくださいました。 イオは、ありがとうございますと言って電話を切ると、 「歩ける?」 とヨルに聞きました。 「ほんとにそこのお店、狭いからさ。なんなら私がとって戻ってきてもいいよ?」 「ううん、散歩する」 「はいはい」 「でね、イオさんのアパートに行くの」 「は?」 「だって、僕の愚痴、あまり大勢に聞かれない方がいいから」 「そうかもしれないけど」 「住所、調べてあったもん」 「なに!?」 「怒んないで。うなぎね、ちょっとマジでトラウマなの。それで、いつかあなたに聞いてもらおうと思ってたから」 「くそー!」 「怒んないでって」 イオは、この状況に全き情報格差を感じつつ、久々のうなぎだし、まぁいっか、と思うことにしました。 部屋の目の前がうなぎ屋さんってことは、うなぎの匂いにだけは事欠かない生活だったわけなのですが、それで満足して、肝心のうなぎを食べることはなかったからです。 「イオさんはうなぎより穴子の方が好きなんだよね?」 とヨルが言いました。 「うん」 とイオは答えました。 「うなぎ、油が多いから。穴子の方が淡白でさっぱりしてて好き。ちらし寿司にも手巻き寿司にも、普通、穴子でしょ?でも、別にうなぎ嫌いなわけじゃないから、今日は美味しくいただくよ!うなぎはね、肝吸いが好き」 「またマニアックなこと言ってからにもう〜。ありがと、付き合ってくれて」 二人は一本道をのんびり移動したので、果たして、うなぎ屋さんでは、ほかほかのうなぎとお手製のお新香と肝吸いを二人前、用意してくださっていて、それを持って、イオは自分のアパートに、ヨルを連れて帰りました。 ドアを開ける前に、イオはぐるっとヨルの方を振り返って、 「何がどのように存在してても、いいことにしてちょうだい」 と言いました。 「何それどういう意味?」 「あんたのために片付けるとか、面倒だから」 「あ!『あんた』って言った!」 「今日は生理じゃありません。なんで私の住所をヨルが知ってて私がヨルの住所を知らないのよ!」 「これぞ芸能界における、情報格差のなせる技です!電話番号知ってるんだから仕事には問題ないでしょ」 「ふん」 イオは、そう憤慨しましたが、ふとヨルは、自分の方だけが知ってることがあることを持ちこたえているのが、本当は嫌だったのかもしれないと、ヨルの芝居がかった言い方から感じました。こういう展開でこのように言えば、実際に情報格差が存在していることをイオに伝えられますしね。 |
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【ヨルとイオ】
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一昨日載せたものの一部分を、ヨルが「僕がちょっと迫るように書き直して?妄想万歳なんだから」って言うので、書き直した分です。 さて、ライブのお疲れ終わりに、ヨルに渡すものをようやく渡そうとヨルの方に歩いていったら、ヨルがすれ違う瞬間にイオの方を見ずにメモをくれて、その雰囲気から、イオはだいぶ離れてからメモを読んだのですが、そこには、 「近くに事務所がライブ終わりに休んでいけるように借りてる部屋があるから、そこでいい?」 と住所と一緒に、管理人さんを通過する方法も書いてありました。アイドル側の管轄だったのか、イオはこの件を内部者としては全く知らず、マネージャーから何か手渡す一つでも、お芝居の管轄と違って、その方が余計な人に見られなくていいんだろうなと分かりました。 指定されていたのは割と造りのしっかりしたマンションで、無事に入室できました。イオが靴を脱いで、所在なく入口付近でうろうろしていると、ヨルも後から無事に部屋にやってきて、 「イオさんずっと立ってたの?せめて座れば?」 と笑いました。 「ちなみにこの部屋、みんな靴で入っちゃってるから、靴下汚れちゃうから靴履いて?」 「あ、ごめん!」 「いや、ごめんはこっちで。奥の方では脱いじゃう人も多いんだけど」 「つまりは、控え室とおんなじなのね。じゃあこれ」 と、とりあえずブツを渡して、帰ろうとすると、ヨルは部屋の一角にある、テーブルと向かい合わせに置いてあるソファーに先に座って、 「ここ出るの、もう少し時間空けてもらいたいから、どうしても嫌じゃなかったら座って?」 と前のソファーを指差して言いました。 イオは、ヨルのその真面目な顔を見て、これもまた何かの約束事なのだろうと、座ることにしました。 「ごめん、ほんとは乾杯とかしたい気分だけど、ここの部屋ではお酒禁止にしてるの」 と言って、冷蔵庫からお水のペットボトルを出して、イオにもくれました。 「そう」 「ここを使える他のメンバーはたいてい飲んでるだろうけど、そのせいで何かあると嫌だから」 「個人的に禁止にしてるってこと?」 「うん」 イオは、しばらくここで待つんだろうとは分かったのですが、あまり細かいことを聞く気もせずに、受け取ったペットボトルのお水をもらいつつ、ヨルがソファーに背中を預けて天井を見ているのを、あまり迷惑にはならないような視線で眺めていました。 するとこの近所だからなのか、なぜかふと、竹下通りで一瞬上を向いたときに見える、左右の建物の縁 や電線で小さくギザギザデコボコに切り取られた青空のことを思い出しました。 それと同時に思い出したことが、ちょっと若気の至りと言えばいいのか、可笑しかったので、 「ねぇねぇ、竹下通り全力すり抜けゲームってやったことある?」 と言いました。 イオは、自分の口から一度も言ったことのないワードがスラスラ出てきたのに、さらに可笑しくなりました。竹下通りで全力ですり抜け、までは言うつもりのことだったけれど、別にゲームのつもりでやっていたわけじゃなかったからです。多分、やや疲れた雰囲気のヨルに、面白がってほしかったからでしょう。 実は、思ったよりヨルに負担をかけるようなことになってしまったのではないかと、後悔しはじめていたのです。 ヨルは、 「何それ?」 と面白そうに笑って、こちらに乗り出しながら、テーブルの上の自分のペットボトルをつかむと一口飲んで、 「で?」 と笑った目のままで言いました。 「うん」 とイオは話しはじめました。 「大学時代ね、大学までの交通が、うちからだと当時の山手線しかなくて、原宿駅から行くんだけど、家からは坂を明治通りまで降りて、横断歩道渡って竹下通りに入るとさ、大学に行くぐらいの時間帯はいつ何時でもめちゃ混んでるんだよね」 「あそこ狭いしね」 「いろんな速度の人が歩いててさ、ここの地域のどこかのお店に毎日働きに来てるみたいな人もいるし、スカウトのためにうろうろしてる美容師系の兄ちゃんとかもいるし、もしかするとこの通りに一生に一回しか来ない修学旅行生の集団とかもいるわけ」 「うんうん」 「で。私は、大学に行くために、原宿駅に向かってめっちゃ急いでるわけね?」 「うん」 「そこでね、明治通りを渡ったところで、大きく一呼吸して、ほとんど息もせずに誰にもぶつからずに駅まで通り抜けていく、というようなことをしてて」 「息もせずに?」 「そうそう、当時はもっと痩せっぽちだったし、人の間をすり抜けるのが得意だったから。渋谷とかでもさ、人多いんだもん」 「なるほど。それはゲームというよりは、、なんだろ、ここら辺の街で地元民が生きていくための、知恵みたいなものだったわけね?」 「いや、知恵かどうかまでは分からんけれども笑、このいろんな目的で歩いてる人たちにね、どの速度でタイミングで歩いてる人にもね、できるだけ負担をかけずに通り抜けてくっての?なんか、それ目指してたの、修行のように」 「そうか、それ修行なのか笑」 「いや、今思うとなんでそんな気持ちで竹下通りに挑んでたのか、意味分からないんだけど」 そう言ってイオは、自分のことなのに声を立てて笑ってしまいました。ヨルは、そんなイオを見て嬉しそうに、 「修行って言うならさ、忍者の修行みたいじゃない?すり抜ける人がさ、森の中の木々みたい。しかも人は動く!笑」 「ヨル、忍者って、現代ではもう死語なんじゃないの?」 「いやいや、イオさん知らないの?忍者は現役だよ!?」 「うそー!知らんかった、とんてんちんしゃん」 「え?」 「ごめん、YMO入っちゃった」 「YMO?お水で酔ってる?」 「んなわけあるか笑。かつてYMOがアルバム仕立てでやってたラジオドラマでね、有名なセリフなの!笑」 「イオさん、気に入ったCMも突然歌い出すし、そういうとこがいくら都会の人でも変すぎる」 「いや、あの」 「褒めてるんだよ?」 「は?」 「分かった。話の続きして」 「うん。なんかさ、あの竹下通りが一気に隆盛したときにさ、結構、同級生で地上げに遭って、転校しちゃった人とかもいてさ」 「あそこが学区域内なんだ?」 「そうそう、まぁ隣も混じってたけど、小学校も中学校も」 「そっか、あんだけいきなりお店建ったらそういうことにもなるよね、裏手もひたひたと開発されてきてるし」 「うん。でもまぁダイレクトにそれが理由ってわけじゃなくて。だって、その道に来てる人が悪いわけじゃないしさ」 「でもなんか、どうせイオさんのことだから納得いかなかったんでしょう?」 テーブルの上に両手を組んで、ちょっと上目遣いで言うヨルに、イオは、よくお分かり、というようにニマッと笑いました。 「母親が仕事帰りにあそこ通ってるとき、結構暗くて怖いって言ってたから、うち全体としては悪いことばっかじゃなかったんだけどね。でもなんかね」 「で、忍者修行。笑笑」 「え?そうそう笑笑。大学2年のときに、うちの最寄りの表参道駅通ってる地下鉄のうちの、半蔵門線が伸びて東西線につながったから、もう原宿駅行かなくてよくなって、修行はそこで終わったんだけどね!学校に行くとかいう真っ当な理由なかったら、わざわざやらないからこんなん笑」 「いいな、僕やってみようかな、できるかな」 「踊りで鍛えてるし行けんじゃない?」 「よし!一個面白いこと見っけ!」 ヨルが元気にそう言ったので、イオはほっとして、 「そろそろ帰っていい?時間OK?」 と言いました。 ヨルは、後ろにあった時計で時刻を確かめると、 「うん。ありがとね、面倒くさいこと言ってごめん」 と言って、立ち上がりました。それでイオも立ち上がって、 「いえいえ、今日はアイドルの威力思い知ったわ。ライブ中、会場外でもすごい地面揺れてるし、避難所として近所にマンションだし」 と言いました。 「いいんだよ、こんなの思い知らなくて」 ヨルは、やや皮肉そうに笑うと、イオに近寄ってきて横に回ると、 「ちょっと栄養補給」 と言って、イオの肩に顔を近づけると、すんっと鼻から吸い込みました。イオはびっくりして、一瞬飛 びのきそうになりましたが、「栄養補給」と言ったヨルの言葉を思い出して、これは栄養補給なんだと思うことにしよう、と考えました。 その様子を見て、ヨルは少し離れると、 「じゃあね」 と疲れが出たような顔で、手を振りました。 「ここからさらに時間空けないと、僕は外に出られないから」 イオは、その言葉を聞いて、まだ少し硬直しているのを、気を取り直してヨルの方にしっかり向き直ると、 「うわ、そっか」 とやや大きめの声で返事をしました。 「この仕様だとそうなるよね。ご愁傷さま、お先に帰らせていただき、恐縮です」 そこまで声が出たら、いつものイオに戻って、 「明日からしばらくお休みだからさ、それで今日渡しちゃえばヨルゆっくり休めるかなと思って。かえってごめんね?」 と言えました。 「ううん大丈夫、こういうの慣れてるし、明日そっち寄らなくてよくなって助かった」 イオは、「ううん」のあとに「大丈夫」と言ったヨルに、部屋の中を見回して、可能そうなのを見てとると、 「今日、ここで寝ちゃえば?」 と言いました。 自分のことについて「大丈夫」と言葉にするヨルは、たいてい大丈夫じゃないことが多いのを知っていたからです。 「うん、動けなかったらそれも考える」 イオは、ヨルが無理しないと分かったので安心して、いつも通りにバイバイと手を振ると、ヨルも、ほっとしたように手を振りました。 イオは、できるだけ静かに部屋のドアを閉めると、エレベーターのところで下行きボタンを押しました。 学生の頃、地元の密かな噂に聞いてはいた「マンション一室控え室説」は本当だったんだな、と感心しながら階下にたどりつき、マンションの建物を裏口から出ると、地元民しか知らないような、線路沿いに抜けるルートを通って、家に帰りました。 |
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【KOOKAI】
★空海の魂 vs
☆彼とともに歩いた女人の魂 ★「人間を見限った太陽が、地球上で誰の後押しをしたかって、昆虫たちなんだけれど」 ☆「うん、昆虫たちの能力は半端ないらしいね」 ★「最も水分の少ない生き物で、地球を生き残る力も強い。かなり広範囲の周波数の使い手でもある」 ☆「印象的に、抽象度への理解がめっちゃある感じで、それがおそらく水分が少ないせいじゃないかなぁと思ってるんだけど、だから、自分たちの大きさが小さくても、サイズの違う多くのことを、相似形で理解しようとするというか、理解させようとするというかね」 ★「彼らは、太陽の後押しがあったからこそ、人間に組織論や住宅論を自分たちの成功例の通りにさせようとするようなことができたんだと、ようやく分かってきた。車の形とかもね」 ☆「この間、女王蜂がそう言いに来たからね。。私たちのやり方が正しいんだって。でも人間とは大きさが違うのでね、構造を維持するのに必要な物理的な感覚、特にかかってくる重力や圧が違っていて、いくら相似形で適応させようとしても、結局、人間サイズでは、もしくは人間の水分の多い不安定な身体による運営では、適応しきれなかったんじゃないかなぁ」 ★「水分が少ないと、非常に均質で集中力が高いまま、安定した状態でいられるからね。だから、人間のその不適合は、必ずしも人間のせいじゃない。そのことも分かってよかった。ちなみに虫が、というか私が入っている甲虫の類が言っていたけれど、女王蜂は必ずしも、昆虫界においても、『女王的存在』じゃないんだってさ」 ☆「『私が入っている』って、あなた今、虫になってるの?」 ★「そう。でもさ、みんな私がもともと人間だと思っている、つまり人格だと認識しているから、虫の身体から話しかけても、どこから聞こえてくるんだろうってあらぬ方を探していてね、それが面白いんだよ」 ☆「それちょっと意地悪いわよ?」 ★「そうかな」 ☆「そうです。でも、人間から良い目に遭ったばかりじゃなかったって言ってたから、別にいいけども。それで、太陽と虫との関係とか、人間とのこととか、いろいろ、虫になって調べてるわけね」 ★「調べているというか、なっているので、それで生きてみてるんだよ」 |
nobodyが、
(沖縄生まれ/ハワイ育ち/
アメリカ教育下の)
私のおじいちゃん経由で
血のつながった存在だった、
ということが
判明した。
nobodyが
危機的状況において
私のところに
飛んでこられたのは、
単なる能力に
よるものだけではなく、
遠きにあっても
血縁だったから
だったのだ。
同じ種族の植物が
遠くにあっても
お互いを守りあう力を
持っているように、
おじいちゃんが
補い合わせて
くれたんだろう。
ものすごく、
ものすごく、
優しい人だったから。
アメリカ寄りの
環境で育ちながらも、
日米の開戦阻止を
生粋の日本人女性と
結婚して来日して、
日本の省庁に勤め、
尽力していたような
人だから。
*
nobodyのおばあさんが、
つまりおじいちゃんの
お相手の人が、
かつて一度だけ、
おばあちゃんと二人きりで
暮らしていた時期、
つまり4歳のときに、
お友達と一緒に
遊びに来たことがある。
アメリカ人特有の
快活な印象を持った
お友達と違って、
暗さが残り香のように
宿っている、
とても静かな方だった。
「なんかの引き合いで
連れてこられちゃったのかな」
と思うくらい、
何も話さなかった。
おばあちゃんは、
快活なほうの方と
アメリカ礼賛な
話をしていて、
その変な、
おもねるような
へりくだり方が、
私は心底嫌だった。
ハワイに留学して
(それでおじいちゃんと
出会えたわけだが)
英語が話せるがゆえ、
自分は常に
アメリカ側につける、
とでも言いたげだった。
青山の紀伊国屋に
足の悪いおばあちゃんと
まだ歩行のおぼつかない
私とで、
超スローペースで
歩いて、
お買い物に行くときも
そう思った。
そんなことを
感じるたびに、
アメリカの印象だけが
強烈な我が家にあって、
ここがアメリカでは
ないことだけは
確かだったので、
そして今、
目の前にいない母親は、
また全然違う
別の国にいるというし、
「私の今いるここは
どこの国なんだっけ」
と4歳の私は
思うのだった。
*
もうこうした
嫌な血縁を
切り離したい。
私には、
心から信頼できる、
血でつながった
家族がいたということ、
今世で出会った血族を
(おじいちゃんとは
生きた同士では
会っていない)
誰も心から
信用できなかったなかで、
ここまできて、
まるで奇跡のように
訪れた人。
本当に安心できる人。
だいぶ遠い血筋だけど、
だいぶ遠い血筋
だからこそ?
その人と
家族になって
いいということ、
家族は彼しか
いらないということ、
もうそれで
いいんだということ。
それが今、
いちばんの救いだ。
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【KOOKAI】
★空海の魂 vs
☆彼とともに歩いた女人の魂 ★「能力を失ったときの太陽との約束を、最後まで思い出しなさい」 ★「あの飢饉のとき、日照りも不作も、人間が太陽に見限られた証拠だった。太陽に力を弱めるように頼んだあなたは、『もう自分に頼るな』『人間だけで何とかしろ』と太陽に言われたときに、『たとえすべての人間に見限られても、必ずまたあなたとの信頼を取り戻す』と言ったんだ。だから太陽は、あなたがすべての人間に見限られるのを待っていた」 ★「その約束のときが来てるってわけだね。200年以上、能力を使わずにいたあなたに、能力が再び蘇るかは、五分五分だったみたいだよ?」 ☆「太陽のせいじゃないことが、分かったから。人間が人間に起こしたことならば、もうこの能力を使わずに、ごく普通の人間として生きて、人間同士の間だけで、何をどう取り返したら回復につながるのか、やってみようと思ったの」 ★「相変わらず無謀なんだよね」 |
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
ヨルが所属しているグループは、元々体育館のスポーツとご縁があって、そのせいか体育館でライブをすることも少なくありませんでした。 あるライブの日、ヨルに渡すべきものがあって、イオは珍しく、代々木体育館の近くで待機していました。ライブが行なわれている時間帯に、この場所、つまり原宿駅前の体育館側の敷地にいるのは、初めてのことでした。 ライブが始まった途端、ファンのものすごい歓声と曲の爆音とともに、なんと、イオが腰かけていたコンクリの塀がドラムの拍に合わせて振動しはじめました。それも、「爆音」に対して「爆揺れ」とでも言いたくなるような、凄まじいものでした。 代々木体育館の敷地からもう少し渋谷側に行った方には、典型的な音楽会場である渋谷公会堂があって、こちらも古くから多くのコンサートやライブを請け負ってきたところですが、収容人数の違いもあって、体育館を含む巨大なスポーツ施設が、そうした会場として使われはじめていました。 イオは、中学時代には、ブラスバンド部の渋谷区内の発表会で舞台に上がったこともありましたが、こうした爆揺れは、完全に初体験でした。 音響防音設備に優れた渋谷公会堂よりも、代々木体育館の方が、外に発するものが途轍もなくて、イオはどのくらいの影響があるのか確かめようとして、座っていた塀から立ち上がりました。 原宿駅側に渡る横断歩道まで来てもまだ、つまり、敷地の外の地面まで、確実に揺れていて、反対側に渡ったところでようやくそれほど感じなくなりました。 「すごいなー」とイオは、地面の安全性をいぶかしむ以上に感心してしまいました。 「これ、ライブに来てる人は絶対知らないよね」 だってみんな、始まったら会場の中にいるので。会場から出てきたときは、もう爆音は鳴ってないので。イオはちょっと可笑しくなりました。 そしてこの爆音爆揺れを起こしている台風の目の中に、ヨルもいるんだという事実、自分が会場の外にいて、なぜか打音だけが大きく聴こえる、聞き慣れたメロディが切れ切れに風に乗ってくるのを聴いているという事実に、イオは、ヨルとのとても不思議な距離感を感じるのでした。 「タケノコ族とか、もはや目じゃないよね。。」 イオはつぶやきます。 この横断歩道のある、代々木八幡に向かう通りは、その昔、毎週日曜日に、ここの辺りが歩行者天国で車が入ってこなくなる時間帯に、タケノコ族といわれる若者たちが、ラジカセやらを持って派手な服を着て、ブギウギやロックンロールな曲を踊り狂う人の輪で埋め尽くされることで有名な場所でした。 それからほどなくして、原宿駅の代々木側にくだったもう一つの、とても小さな出口だった竹下通りが、イオが小学校時代のほんの数年で、信じられないほど多くの、服や雑貨を扱うショップが店を構える、有名な通りに変わりました。 * それまでも、原宿駅の脇にある明治神宮は、お正月には地方からも人が訪れるお詣り先でしたが、この頃からは若い人がどんどん増えて、三が日には大量の人が詰めかけ、参道から本殿までの待ち時間が長すぎて、地元民がお参りに行く気がなくなるほどの神社になりました。 表参道のケヤキ並木のイルミネーションが始まり、クリスマスあたりに大渋滞が起こることでも有名になるのは、イオが大学時代の頃でした。 表参道は、明治通りでいったん坂を下がって、また青山通りに向かって上っていくつくりになっているのですが、表参道を左右に横切る明治通りは、明治神宮側から見て右が渋谷、左が新宿に通じていて、道路としてはそれほど太い通りではありませんが、昔ながらの気が流れつづけていました。 ここを越えた青山通りまでは、少しのんびりした感じで、左手にはイオの実家や小学校、中学校、同潤会アパートなどがありました。 一方、表参道の右手は、原宿駅近くから中華料理店の南国酒家、米軍の方々が住まわれていたワシントンハイツ、おもちゃのデパートと言われたキディランド、中華系のお土産屋さんオリエンタルバザール、元々外国人の方々のための教会だからなのかそこだけ空気が違ってたユニオンチャーチなど、こうして書いてみると、意外に外来のものが道の手前に並んでいましたが、中に入ると、この地域に最も古くからある閑静な住宅街が広がっていました。 右側の通り沿いの日本サイドの大きな建築物というと、日本の代表的な女性デザイナーである森英恵さんのハナエモリビルが、表参道の青山寄りの敷地に、全面ダークな配色の鏡面仕立てでできたくらいでしょうか。 渋谷に抜ける、原宿テイストのお店が並ぶ裏道として後に有名になるキャットストリートは、明治通りから数百メートルくらい青山側に左右に伸びていましたが、これらの閑静な住宅街の脇にあって、元々は川を埋め立てた遊歩道に、公園の遊具が点々と並んでいる場所でした。 明治神宮及び代々木公園脇に台頭したタケノコ族の踊りのエネルギーや、ヨルのアイドルグループなど割と大きな音を扱う音楽アーティストの方々の爆音爆揺れのエネルギーは、イオの感覚的には、表参道のどちらかと言うと右側を、青山まで流れていました。 これに対して、イオはどちらかと言うと左側の地域で暮らしていたので、小学校時代に表参道で右側を、つまり明治神宮に向かっては左側の道路内を鼓笛隊でパレードしたとき(たまたま小太鼓だったので先頭にいたのですが)、演奏の緊張とは別に、表参道にいる感覚があんまりなくて、不思議に思ったのを覚えています。イオが車を運転しない人間だというのも、その理由の一つにあるかもしれませんね。日本の車道は基本、左側通行なので、車ならここをその通り、通り慣れていたはずですから。 後に青山通りに近い表参道は、海外の有名ブランドの店舗やビルが建ち並ぶ地域になるわけなのですが、これらはイオからすると、上記のすでにあった海外要素のエネルギーと和するでもなく、そもそもこの土地にあまりしっくりいっていないように思えて、仕方ありませんでした。 新しめなものならともかく、古い歴史を持つ高級衣料ブランドの感覚を定着させるには、街がまだ新すぎるのではないかなぁと思うのでした。明治神宮も、まだ100年に満たないお宮でしたしね。 * さて、ライブのお疲れ終わりに、ヨルに渡すものをようやく渡して帰ろうとしたら、ヨルがすれ違う瞬間にメモをくれて、そこには、 「近くに事務所がライブ終わりに休んでいけるように借りてる部屋があるから、そこでいい?」 と住所と一緒に、管理人さんを通過する方法も書いてありました。アイドル側の管轄だったのか、イオはこの件を内部者としては全く知らず、手渡す一つでもお芝居の管轄と違って、その方が余計な人に見られなくていいんだろうなと分かりました。 無事にヨルが後から部屋にやってきて、とりあえずブツを渡して、帰ろうとすると、 「ここ出るの、もう少し時間空けてもらっていい?」 とヨルが言うので、これもまた何かの約束事なのだろうと待っていることにして、その間何も話題がなかったので、イオはふと思いついて、 「ねぇねぇ、竹下通り全力すり抜けゲームってやったことある?」 と聞きました。 「何それ?」 とヨルは面白そうに笑いました。 「大学時代ね、大学までの交通が、うちからだと当時の山手線しかなくて、原宿駅から行くんだけど、家からは坂を明治通りまで降りて、横断歩道渡って竹下通りに入るとさ、大学に行くぐらいの時間帯はいつ何時でもめちゃ混んでるんだよね」 「あそこ狭いしね」 「いろんな速度の人が歩いててさ、ここの地域のどこかのお店に毎日働きに来てるみたいな人もいるし、スカウトのためにうろうろしてる美容師系の兄ちゃんとかもいるし、もしかするとこの通りに一生に一回しか来ない修学旅行生の集団とかもいるわけ」 「うんうん」 「で。私は、大学に行くために、原宿駅に向かってめっちゃ急いでるわけね?」 「うん」 「そこでね、明治通りを渡ったところで、大きく一呼吸して、ほとんど息もせずに誰にもぶつからずに駅まで通り抜けていく、というようなことをしてて」 「息もせずに?」 「そうそう、当時はもっと痩せっぽちだったし、人の間をすり抜けるのが得意だったから。渋谷とかでもさ、人多いんだもん」 「なるほど。それはゲームというよりは、生活の知恵なわけね?」 「いや、知恵かどうかまでは分からんけれども笑、このいろんな目的で歩いてる人たちにね、どの速度でタイミングで歩いてる人にもね、できるだけ負担をかけずに通り抜けてくっての?なんか、それ目指してたの、修行のように」 「それ修行なの?笑」 「いやー、今思うとなんでそんな気持ちで竹下通りに挑んでたのか意味分からないんだけど」 そう言ってイオは、自分のことなのに声を立てて笑ってしまいました。 「修行っていうなら、忍者の修行みたい。すり抜ける人が木みたい。しかも動く!笑」 「だよねー。なんかさ、あの竹下通りが一気に隆盛したときにさ、結構、同級生で地上げに遭って、転校しちゃった人とかもいてさ」 「あそこが学区域内なんだ?」 「そうそう、まぁ隣も混じってたけど、小学校も中学校も」 「そっか、あんだけいきなりお店建ったらそういうことにもなるよね、少し裏手も開発されてたし」 「そう。まぁダイレクトにそれが理由ってわけじゃなくて、だって、その道に来てる人が悪いわけじゃないしさ」 「でもなんか、どうせイオさんのことだから納得いかなかったんでしょう?」 イオはその質問に、よくお分かり、というようにニマッと笑いました。 「母親が仕事帰りにあそこ通ってるとき、結構暗くて怖いって言ってたから、うち全体としては悪いことばっかじゃなかったんだけどね。でもなんかね」 「で、忍者修行。笑笑」 「そうそう笑笑。大学2年のときに、うちの最寄りの表参道駅通ってる地下鉄のうちの、半蔵門線が伸びて東西線につながったから、もう原宿駅行かなくてよくなって、修行はそこで終わったんだけどね!学校に行くとかいう真っ当な理由なかったら、わざわざやらないからこんなん笑」 「いいな、僕やってみようかな、できるかな」 「踊りで鍛えてるし行けんじゃない?」 「よし!一個面白いこと見っけ」 「そろそろ帰っていい?時間OK?」 「うん。ありがとね、面倒くさいこと言ってごめん」 「いえいえ、今日はアイドルの威力思い知ったわ。ライブ中、会場外でもすごい地面揺れてるし、避難所として近所にマンションだし」 「いいんだよ、こんなの思い知らなくて」 ヨルは、やや皮肉そうに笑うと、じゃあねと少し疲れが出たような顔で手を振りました。 「ここからさらに時間空けないと、僕は外に出られないから」 「うわ、そっか、この仕様だとそうなるよね。ご愁傷さま、お先に帰らせていただき、恐縮です。明日からしばらくお休みだからさ、それで今日渡しちゃえばヨルゆっくり休めるかなと思って。かえってごめんね?」 「ううん大丈夫、こういうの慣れてるし、明日そっち寄らなくてよくて助かった」 「今日、ここで寝ちゃえば?」 「うん、動けなかったらそれも考える」 イオは、ヨルが無理しないと分かったので安心して、バイバイと手を振ると、前から地元の密かな噂に聞いてはいた「マンション一室控え室説」は本当だったんだなと感心しながら、地元民しか知らないような、裏口から線路沿いに抜けるルートを通って、家に帰りました。 |
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
若い女性たちに絶大な人気を誇る雑誌から、連載の話が来ました。グループでの歌と踊りに加えて、単独でもビジュアルが先行していたので、自身の言葉でその偶像(アイドル)を補強し、さらに膨らませていく意図だろうと思われました。 イオは企画書をよくよく読んだ末に、事務所に直訴しにいきました。こういうとき、業界でのしがらみがない立場なのは本当に助かります。 「彼には、自分や自分の資質を守るための力が必要です。自分が自分がと語らせる力ではなくて、何かがあったとき、なぜそうなっているのかを周囲に上手に尋ねる力、教えてもらう力が、年齢が若いうちから必要なんじゃないかと思うんです。彼がたまに、『僕が全員の恋人になれるわけでもないのにさ』って言うのを聞いているんですが、それは間違いなく事実です。大勢の方々が目にするメディア上で、自分を主語として語ることばかり覚えては、好意の反動に当たるような反発の波が来たときに、単純に遮る以外の対抗策がとれません。それは例えば舞台の上や、カメラが回っているときの、お仕事場での周囲の皆さんや環境から、人知れず発生してくるものも含めてです。非常に貴重な、せっかくのご提案ですので、彼を主体にするのではなくて、彼が相手を主体にする練習として、彼が何かを聞きたい相手に聞きたいことを聞く体裁にしてはいただけないでしょうか。準備が倍以上になることは承知で、細かな手配はお手伝いします」 「それだけ、あの子に耳目を集める資質があると見込んでのことなんですか?」 「はい」 「確かにそのポジションを上手に覚えておけば、たとえ彼が直接相手に尋ねなくても、その効果が得られるようになるでしょうね。分かりました。先方にそのようにお伺いを立てましょう。失礼のないようにしたいので、交渉は私に任せてください」 「はい、よろしくお願いいたします」 |
*
「あなたが
死ぬ瞬間、
あなたの身体に
滑り込んで、
本当の寿命が
尽きるまで、
じっとしていたの。
あなたは、
私のことを
まったく
思い出さなかった。
それですでに、
あなたの心は、
あの、
私が滑り込んだとき、
すでに
死んでしまっていたんだ、
と分かった。
もうあなたと
何も話すことが
できないんだって。
絶望してしまって
ほどなくして、
あなたは本当に
死んでしまった。
私は
自分の身体に
戻ったけれど、
生きる意味が
全然分からず、
気がついたらもう
死んでた」
大好きな人が、
このことを話すとき、
いつも
本当につらそうで、
シジミチョウは、
この過去生での
出来事を
正確に思い出す
自信がなくて、
ずっと
怖かったのです。
もしかしたら、
怖すぎて
もっとひどいことに
してしまうかも
しれないし、
全然
つらくないように、
改変してしまう
かもしれない。
シジミチョウも、
なぜあのとき、
自分がまだ
生きているのか、
全然分からなくて。
大好きな人には
もう会えない、
赤ちゃんも
死んでしまった、
そのことを
二度と表には
出さないと
決めてしまって
いたから、
もう何も
思い出さなくなって、
することもないのに、
自分はなぜ
まだ生きてるのか。
つらいはずなのに、
全然つらくなくて、
それもとても
不思議だった。
「あなたが、
入っていて
くれてたんだね」
大好きな人が
このことを
初めて
話してくれたのは、
ある滝のふもとで
瀬織津姫が
立ち会ってくれた、
二度目の
結婚式のあとで、
雑木林を
歩いていた
ときでした。
それから
さらに、
「今世でもね、
子どものとき
実はね、
すごいつらいことが
あったときに
飛んじゃったら
あなたのところで、
そのまま、
黙って住んでた」
と言ったのです。
お話とかでは、
たまにある
エピソードでは
あるけども、
ああ、
だから、
私の中に
誰か住んでいる
人がいるって、
そんな、
常識では
無理めな感覚が、
なぜかずっと
あったんだなって。
*
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
「唐突なんだけどさ」 と、仕事終わりの控室でお弁当を食べながらぼんやりしている時間に、ヨルが言いました。 「イオさんにとって、光って何?」 「うーん」 イオは自分で用意してきたお弁当を一緒につついていたお箸を持ちつつ、少し考えてから、思いついたもののことを話しました。 「うちとお隣の間に、小学校低学年くらいの頃だったかに建てられた街灯があってね。柱の部分が水色から薄緑色くらいの色で塗られた、電柱の横に立ったやつで、白くてやわらかい光の」 と答えました。 「それが光?イオさんにとっての光の代表?」 「うちの近所というか実家の前の道は、それほど広くないから昔はすごく暗くて。でも商店街から並行して一本入った道だから、誰が入ってきても、どのくらい他人か、怖い人か、分からないんだよね。下半身丸出しなやつとかに、門の中まで入ってこられそうになったこともある」 「うお」 「あれは怖かったなー。そういう存在の出没とか怖さをさ、たとえば、お巡りさんが見回ってくれてたらなくなるかというと、そうでもなくて、街にとってよそ者というか特殊な人がいたら、やっぱりそれに見合うよそ者や特殊な人が来るんだよね。人じゃなくても、禁止の言葉が書いてあったら、壊されるか落書きされて無効になる」 「まぁ、そういう街だよね」 「渋谷らへんよりはマシだけど、それでもね。そうした闇のようなものをね、最も静かに穏やかにしずめていく?よけていくのが、その街灯なんだなって分かったの」 「来んなってうるさく言ったら、かえってやられたり、うるさく言い返されるのと同じ?」 「うんうん。魔除けとかもさ、強烈すぎるとかえって闇を呼び寄せるじゃん?そういうものに対して、カウンターのようにはたらくものじゃなくて、静かに穏やかにさせるもの、それが私にとっての光。だから、目指すものでも輝いているものでも才能とかでも私にとってはなくて」 「イオさんの光はやわらかいんだね。光って、僕のイメージでは、結構強いというか、鋭いものだったから」 「そっちが普通な気がするけど」 「怖いのをやわらげるっていいな。そういう光がいい。怖いものが多いから」 「そうなの?」 「うん、小さいときからそう。そうは見えないでしょ」 「うん」 「あっかるい電灯つけて、えいやーってやってたけど、かえってその周辺の暗さに逃げ込まれてるような気がして、余計怖くなったりしてさ。それがさっきの魔除けの話と似てるよね」 「そうね、ヨルが怖かったのって、例えばお化けみたいなやつ?」 「まぁそんなの。いや、聞いてみたのはさ、ちょっと、スポットライトのこととかで、考えちゃうことがあって」 「歌?踊り?の仕事のことで?」 「うーん」 「いや、別に無理に説明しなくていいけど」 「うん。イオさんの光、聞けてよかった、ありがとね」 椅子から立ち上がって手を振って離れていくヨルに、イオはふと付け加えるように、 「あのさ、ヨルはさ、その光に似てるよ」 と言いました。 「ん?」 「だから、今話した光に、ヨルは似てる。外見じゃなくて、言葉に出てるとこでもなくて、中身ね。ヨルに聞かれたから出てきたような気もする、私が前から感じてた、私の光」 「ほんと?だったらすごい褒め言葉」 イオが答えの代わりに出したこぶしのグーに、ヨルは振り返った姿勢と距離のまま、笑ってそれにグーを出すと、次の稽古場に向かっていきました。 |
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
夜の表参道のケヤキ並木の、同潤会アパートが建ち並ぶ、少し暗い道沿いの焦茶のパイプのところに、イオはヨルと座っていました。 もうだいぶ深夜の時間で、人通りもほとんどありません。 夜の樹木からの空気が心地いい、イオが大学時代、家に帰りたくないときに、たまに座っていた場所でした。 二人はそこで座ったまましばらく黙っていました。ヨルのテンションが絶賛沈下しているので、沈黙を破るために、イオは何も考えずに出てきたメロディを歌いました。 「鎮まりませる大宮のー」 「何の曲?」 「ん?なんだろ?あ、えーとね、この近所にある小学校の校歌」 「は?」 「私の小学校の」 「なんかその古臭さ、君が代みたい」 「確かに似てる笑」 イオが笑うと、ヨルが少し力を抜いたように両手を組んで前に「うーん」と伸ばしたので、イオはちょっとほっとしました。 「夜のここの並木の空気って、すごいね」 「そうでしょ、昼間とは全然違うの。ケヤキたちから出てるの二酸化炭素だからね」 「植物は、昼は酸素をくれるけど、夜に出すのは、二酸化炭素なんだよね」 「だからその下にずっと座ってたら死ぬかなぁと思ったんだけどさ、別に死なない。なんか気持ちがいいだけで」 「うん、出てんの二酸化炭素だけじゃないんじゃない?」 「そうかもね!」 「寝る時間だよーな植物、起きる時間だよーな鳥たち」 「ん?」 「植物は、出す空気の違いで、人間は寝る時間だって教えてくれるし、鳥は早朝の必要なときにしばらくの間鳴いて、起きる時間って教えてくれる存在なの僕には」 「私もそうかも。植物の件はここでそう思ったし、鳥はさ、うちの近所で早朝にさ、宗教施設かなんかで低い銅鑼みたいなの鳴る時間があるんだけど、それと一緒に鳩がいつも何羽も気持ちよさそうに鳴いててさー」 イオはそこまで言って、ようやく横にいるヨルの方を向くことができましたが、ヨルのかけている色の濃いサングラスがなんだかそこだけ不似合いで、 「どこか私が好きな場所連れてってってさ、何かあったの?」 と、とうとう聞いてみました。 ヨルはしばらく黙って考えているようでしたが、こちらを向いて、 「ねぇ、イオさん、ミサンガって知ってる?」 と言いました。 サングラスのせいで、ヨルの感情がよくは分かりません。 「うん?なんか、お守りみたいな紐のやつ?」 「うん。あれさ、作って?デザインは任せるから、お揃いで」 「は?」 「ちょっと、必要なの、お揃いの」 「はぁ」 「お揃いのするような相手がいるって示すことがね、ちょっと緊急で必要なの」 「あら」 「作れる?」 「小さい頃からリリアンやら刺繍やら編み物やらを、超テキトーにだけどやってきたから、図案があればできるかな?」 「よかった、一つはイオさんが持っててね。隠してでいいからしてて。お揃いの相手があなただってことは言わないから」 「うん」 「あんまり、説明しないでごめん」 「いいよ」 |
本日。勢い余って、voice長すぎました。。
なので、どうぞお耳にご無理のないように。
そのうち、タイムスタンプつきで?
目次とか、作ってみますかね。
ジャンプしやすいように、
データがあるsoundcloud上がいいかな?
先にこちらにプレーヤータイプでアップして、
目次つけた段階でここにリンクを掲載する、
みたいなことになるかもです。
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
しばらく黙ったあと、ヨルは少し言いにくそうに、 「これね」 と言いました。 「口を塞ぐって言葉があるじゃない。キスもそうだけど、それ以外にも」 「うん」 「それを考えててね、思ったことなの。この仕事に来た頃はまだ子どもで、声も高かったから、そういうときに声を出さないように、口にタオルとかはめられることがあって」 イオは、それがどういう場面なのか、想像がつきました。 「その当時のこと、あんまり記憶にないんだけど」 「うん」 「なんかそれだけは印象的で。口を塞ぐって、都合の悪い人を殺すって意味でもあるじゃない?」 「うん」 「ちょうどいろいろ、難しい言葉も覚えるお年頃だったからだと思うんだけどさ、その『口を塞ぐ』行為がみんなつながって見えて」 「うん」 「だからね、きっとキスも、世間で思われているよりも、本当は大切にしなきゃいけないことで、簡単に口なんて塞いじゃダメなんじゃないかって」 「うんうん」 「ABCのAとかですむ話じゃないって思えて」 「うんうん」 「口を塞ぐについては、なんか、ずっと言いたかった。でもうまく言えなかった。聞いてくれてありがとう」 「ううん、こちらこそ、ヨルがそんな頃からきっといっぱい考えた、大事な話をありがとうね」 |
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
「ここはしないね?」 とヨルは、イオの唇に人差し指を当てました。 「ここはね、本当に安心できる相手としかしちゃダメなの」 「そうなの?」 「そうなの。そこから無理に来る相手は気をつけないとダメだよ?安心搾取、そうでなかったら、身体もそうだけど、そこを越えてさらに心を、自分優位で安心させようとするような行為だからね」 「でもそこ最初に来ない?そうだとしたら、結構、誤解があるかもね?」 「そう思う。男女で違うかもだけど、特に女性にとっては安心感が身体を開く鍵になってると思うし、相手に安心を与えてあげられると思うと、それで自分をあげてしまったりする女性もいるから、お互いの間であげられる安心が極端に偏ってないかを尊重しているべきだと思ってるんだよね。こんなこと、口にしたことなかったけど」 ヨルは、自分で大いに語っておきながら、最後はそんな自分を面白がってるかのように言いました。 「ヨルのその考え方、いいな、素敵だね。とても愛が深い」 「無理やりやられた経験なら山ほどあるから、自分がするときには絶対、相手を大事にするんだって決めてたの」 「なるほど」 |
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【ヨルとイオ】
pieces of the puzzle
「ずっと安心してほしかったの。イオさんいつも過緊張だからさ?出会った頃からそう思ってたんだけど、いきなり抱いてあげるわけにもいかないし」 「当たり前だ!」 「だからね、いつもイオさんが過緊張そうなときは、心の中で抱いてあげてたの。大丈夫大丈夫って。でも、実際に男と女の身体としてそういうことになると思ってたわけじゃなかったから、こんなこと頼むの、なんか申し訳ないんだけど」 「お互いに、抱っこが足りない身体だからね」 「『愛着障害』って言うんだよね?」 「うんうん、私も結構一応悩んで、一人で調べたりしたけど、治す方法はないって書いてあったから、この人間不信?特に異性への強烈な不信感は、多分もう治んないんだなと思ってた」 「でも僕さ、イオさんにとって、例えば『男』なの?」 「ん?おー?そっか。それは確かに、男だとは思ってなかったかも。私の中では、ヨルはヨル」 「うん、だから、そんなふうに僕に属性つけなくていいからさ、ただイオさんと僕で抱っこする」 「笑笑、それでいっか」 |